シャドービハインド
「アタシに惚れた?」
冗談っぽい台詞だが、自信が込められたひとことだった。
それに間髪入れず戒十は言い返す。
「違うよ、日本人っぽくないと思っただけだよ!」
少し怒った風に言うと、リサは無邪気に笑った。
「だって日本人の血なんて一滴も混ざってないもん。モンゴロイドの血は混ざってるけど。混ざってはないけど、飲んだりはするけどネ」
また無邪気に笑った。尋常ではない行為をさらりと無邪気に言われたことで、その無邪気さに恐ろしさを感じる。
吸血鬼は人の血を啜る怪物だが、血を吸うことに戒十はなんの嫌悪も感じていないし、人間の道理に反した悪魔的な行為だとも思わない。
血を吸う生き物など身近に存在している。水辺や沼地には蛭がいるし、夏場には蚊が大量に飛ぶ。
血を吸う蚊は雌で、出産に備えて栄養を蓄えるために血を吸う。
キャットピープルも血を吸うらしいが、どの程度の血を欲するのか?
それが優れた能力の代償であり、問題点として戒十が気になるところだった。
「血を飲むって言うけど、どのくらい必要なの?」
「好きなだけ」
とリサが言い、シンが補足する。
「ただし、飲みすぎれば理性を失い、怪物と化す――?成れの果て?だ。そういうモノは我らの手で殺されるか、人間たちに狩られる」
「穏やかな話じゃないね」
苦笑いを浮かべた戒十。
戒十はシンの言葉からあることを読み取った。
「質問、人間たちは僕らの存在をもちろん知ってるわけでしょ。普段から命を狙われたりしないの?」
「俺たちのグループは人間と敵対はしていない」
「グループってことは、いくつか派閥があって中には強硬派みたいなのもいるわけね」
頷きながら戒十は思っていたよりキャットピープルの数が多そうなことを知った。
シンよりも年上で日本人の血が混ざっていないリサ。そのことを考えるだけで、キャットピープルが全世界的なものだとわかる。
戒十はキャットピープルについてもっと詳しく知りたくなった。
「キャットピープルの原産国は?」
質問をされた二人は答えずに難しい顔をした。
堰を切って口を開いたのはリサだった。
「研究者が言うのにはイスラエル説が有力。さすがにその頃から生きてる人がいないから、よくわかんないんだけど。それにぃ、分布の広がりを見せてんのはイスラエルだけど、最初のキャットピープルが誰だなのか、てゆかキャットピープルの起源すら分かってない状態。宇宙からやってきたウィルスが人間に感染したとかって説まであるしー」
キャットピープルたちも自分たちが何者なのか、完全に把握しているわけではないらしい。
他にも質問したいことはいくつもあった。血液の摂取量も正確には聞けていない。
「話を戻すんだけど、一日の最低限必要な血の摂取量は?」
戒十が尋ねるとリサが答える。
「体格や外見年齢による個人差はあるけど、平均1日100ミリリットル」
「少ないね」
「バカじゃないの、献血の呼びかけとか聞いたことない? 血液が不足してますってしょっちゅう言ってるでしょ。あたしたちは献血で集めた輸血用の血液から、自分たちの分を分けてもらってるの」
そんなことリサに言われても、献血に興味のない戒十にはよくわからない。
献血で抜かれる血の量は200ミリリットル〜400ミリリットル。つまり、1人の献血で、キャットピープル2人〜4人の1日の摂取量が確保できることになる。だが、献血は1人が毎日できるわけではなく、次の献血まで数週間から数ヶ月の時間を空けなければならないこともある。
突然ケータイが鳴った。シンのケータイだ。
ケータイに出るシンを戒十は不思議そうな顔で見ていた。見た目だけならケータイを操っていても不思議はないが、元は侍でチョンマゲだったかと思うと信じられない。
それよりもリサがシンよりも年上だということが信じられない。
戒十は自分に起きた現象はすんなりと受け入れた。マンションから飛び降りても無傷だったことと、優れた聴力が発達したこと。自分の身に起きたことは信じるほかないが、目の前の二人が、優に100年を超える歳月を生きているとは受け入れがたい。
ケータイを切ったシンがソファから立ち上がった。
「?成れの果て?の駆除に行って来る」
リビングを出て行こうとするシンをリサが立ち上がって呼び止める。
「新しい刀まだ手に入ってないんでしょ?」
「?成れの果て?は行方不明になっていたアヤカだ」
「シンがアヤカを覚醒させてから3年と持たなかったねー」
「だから俺がアヤカに引導を渡す」
玄関を出て行くシンを戒十は無言で見送った。
怪物と称された?成れの果て?がどんなものかわからない。駆除と単語をシンが使用したことから、優れたキャットピープルから害虫に身を堕とした――まさに?成れの果て?なのだろう。
「シンの後つけてみる?」
とリサに言われて、物思いに意識を向けていた戒十はハッとした。
「行きたい」
戒十は即決で答えた。
「カイトが行かなくてもアタシは行くつもりだったけど。だって刀持ってないシンはちょっと運動神経のいい人間と変わらないもん」
「彼って本当に侍なの?」
「新三郎[シンザブロウ]ってゆのが本当の名前。名前からして今風じゃないでしょ?」
「だから僕が聞きたいのは、彼が本当に侍なのかってことなんだけど」
「江戸時代の道場の跡取り息子で師範代。剣の腕は神業級だけど、丸腰じゃ戦力外……人間よりは強いけど、?成れの果て?と戦ったら殺されるんじゃない?」
人事のように仲間の死を予言し、リサは玄関に向かって歩き出した。すぐに戒十はその後を急ぎ足で追った。
作品名:シャドービハインド 作家名:秋月あきら(秋月瑛)