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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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シャドービハインド

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 と、笑顔を作る純に戒十はすぐさま反論しようとしたが、口を開いたのは純が先だった。
「そうだ、わたし大事な用があったんだ。ごめんね、送ってあげるってわたしから言ったのに……でも大丈夫だよね、彼女が来てくれたんだから」
 この場から早く立ち去りたいというの気持ちがにじみ出た早口で、純は言いたいことだけ言うと、戒十をリサに預けて逃げるように走り去ってしまった。
 二人は残され、リサは意地悪く言う。
「あの子、カイトの彼女?」
「そんなんじゃないのわかるだろ」
「でも、あの子はカイトに気があるみただけど?」
「うるさい!」
 声を張り上げた瞬間、戒十の脚から力が抜けた。
 地面に倒れそうになった戒十をリサが瞬時に支えた。
「はいはい、病人が無理しないの」
 リサは意地悪く笑っていた。

 相変わらず、今日も両親はいない。
 父親の顔なんてどのくらい見ていないのか、戒十は考えることすらしなかった。母親は今日も父がいないことを好くして、どっかで若い男と遊んでいるのだろう。
 そんな日常にも戒十は慣れしまっていた。
 ソファに座らされた戒十のもとに、水の入ったコップを持ってリサが現れた。
「はい、水」
「ありがと」
 受け取った水を一気に飲み干した。
 酷く喉が渇いている。それは水を飲んだだけでは収まりそうもなかった。
 戒十はリサが自分の顔を、じっと食い入るように見ていることに気づいた。
「なに?」
「そろそろ日常生活に限界が来たんじゃない?」
「僕が倒れたことを言ってるのか?」
「第2次変異期に入ったんだと思うんだよねー」
「なんだよそれ?」
 キャットピープルの世界や生態について、リサやシンから話を聞かされていたが、その単語ははじめてだった。
「あれ、言ってなかった?」
「聞いてない」
「そうだっけ、あたしも歳だかんね、ボケちゃってるのかなー」
 そう言ってリサはわざとらしく笑って見せた。
「第1次変異期は俗に覚醒とも呼ばれ、我々の血を受けた直後に起こる」
 その声は戒十でもリサでもなく、ベランダから現れた長身の影が発した。
 戒十は呆れたように呟く。
「ちゃんと玄関から入って来いよ」
 6階にある部屋のベランダから入って来たのは、長い黒髪を揺らすシンだった。
 聴力の発達したシンに戒十の声が届いていないはずがないが、まるで聞こえていないように彼は話を続けた。
「第2次変異期は覚醒から間を置いてから起きる。この時期は光、主に日光に敏感になり、高い気温にも弱くなる。それも異常なまでに過敏になるため、もっとも酷い時期は日中の外出が不可能に陥る」
「どのくらいで治るんだよ?」
 戒十が尋ねると、リサがさらっと言い放った。
「数年」
「うそだろ?」
 怪訝な表情をする戒十。
 今の時代、日中に外出しなくてもいくらでも生きていける。家から一歩も出なくても生きていける世の中だ。だが、その生活は今の日常を壊さなければできなかった。
 シンがリサの言葉に補足を加えた。
「数年というのは最悪の場合だ。早ければ数週間で日差しの下を歩けることになる」
「ウチらみたいにね」
 リサは世間では中学3年生という設定で通している。日中は普通の学校生活を送っているのだ。
「で、どうするカイト?」
 リサは戒十の瞳を覗き込みながら尋ねた。
「何が?」
「今の生活を捨てる時期が来たんじゃないのってこと」
 これから人前で倒れることも増え、日中の活動が制限されれば学校に通えない。それを周りに隠し続けることは不可能だ。
 では、日差しの下を歩けるようになるまで姿を消すか?
 しかし、またいつか今の生活を捨てるときが来る。
 リサの実年齢は定かではないが、シンは江戸時代から生きているらしい。キャットピープルは長い時間の中で、外的な年齢が変化しないのだ。
 戒十は高校1年生だ。心も身体も変化が激しい時期、いつまで?平凡?な日常を演じ続けられるか?
 深い息を吐きながら戒十は言う。
「もう覚悟はできてるよ。もとから今の生活に未練もないからね」
 両親は元から存在してないようなもの。学校の付き合いは表面上だけで思い入れはない。今の生活で捨てて惜しいモノはない。
 今すぐにでも家を出る覚悟する戒十にリサは促す。
「住む場所はカイトの希望もあるだろうし、まだこっちで決めてないんだけど、ウチでいい?」
「ウチって……リサって独り暮らし?」
「そうだけど?」
 その言葉を聞いて戒十はシンに助けを求める視線を送った。
「シンの家はダメなのか?」
 シンは無言で首を横に振った。
 満面の笑みでリサは戒十の腕に抱きついた。
「ひとつ屋根の下で男女が二人っきり。どうしちゃう〜カイトぉ?」
「どうもしないよ」
 と、吐き捨てながらも戒十の頬は少し赤らんでいた。
「カイトちゃんったら、顔赤くしちゃってぇ」
「してないってば!」
「ふふん、照れなくてもいんだよぉ。じゃ、そゆことで、さっさと荷造りして引越しは明日の早朝ね」
 話は急速に進んでいた。
 だが、ここで突然、シンがこんな話題を振った。
「ところでマンションの前に変な奴らがいたぞ」
「ウチらが入ったときは気づかなかったけどー?」
「俺がそこから入ったのはそのためだ」
 そことはベランダのことだ。
 リサはめんどくさそうにソファから立ち上がった。
「ったく、なんで早く言わないかなぁ……そんな面白いこと」
 無邪気に笑うリサ。だが、その瞳の奥は闇色に染まっていた。