ハッピース
「……いいな?…それでは日直、終わりだ」
担任の西松が、今日の日直を見やる。日直は西松と視線がぶつかった瞬間、立ち上がった。
「起立、気を付け。礼」
「さようなら」
クラスメートたちの声と同時にチャイムが鳴った。あちこちの教室が喧騒に包まれる。
「けーちゃん、起きてよ。放課後だよー?掃除当番の邪魔になるから帰ろうよ」
「…帰る」
堀田に揺さぶられ目を覚ました圭介は、早々に立ち上がると、机の横に雑に置かれたスクールバッグを持ち上げ、すたすたと歩き出した。
「けーちゃん!帰るなら俺も一緒に帰る!!」
堀田はその後を急ぎ足で追う。
「きゃ!」
堀田の鞄が女生徒に当たり、「ぅわ、ごめん!」と後ずさると後ろにいた男子生徒にぶつかった。
「あんだてめぇ」
――げ、ピアス君じゃん。
ピアス君とは、校則で禁止されているピアスを耳だけでは飽きたらず、鼻やら唇やらにも付けている金髪で短髪の、言ってしまえば不良だった。彼の名前を知らない堀田は、密かにピアス君と呼んでいた。
「お、俺は4組の堀田正和っていって……」
「誰が名前を聞いてんだよ!!」
ピアス君の声が廊下に響いた。
「水樹、うるせー」
「池上!?」
「けーちゃん!!俺を助けに来てく」
「うるせ堀田。水樹、これ俺のダチだから」
ピアス君――もとい、木村水樹(キムラミズキ)に普通に話しかける圭介。そんな彼に堀田は思わず驚きの声を上げた。
「えっ!?けーちゃんピアス君とお友達なの!?」
「ぶふっ、」
絶妙で的確なその渾名に、圭介は思わず吹き出した。「……笑うな、」
「くっくっく…」
「池上、わらうな」
未だ笑いが止まらない圭介に、木村は再度繰り返す。
「水樹ちゃんよりはまだマシなんじゃね?」
「昔のことを掘り返すな」
圭介と堀田は小学校からの付き合いだったが、木村とは幼稚園からの付き合いだった。
木村が今のようになる前、まだピアスという単語すら知らず、髪もそこまで短くなく黒髪だった頃、幼稚園の先生が間違えて「水樹ちゃん」と呼んでしまったのだ。幼稚園時代、彼の渾名は卒園するまでずっと、「水樹ちゃん」だった。
「じゃあな、ピアス君。俺帰るから」
「池上!!」
既に歩き出していた圭介に、木村は怒鳴りつけ、追いかけようとする。
「掃除サボんなよ」
木村は、箒を持って廊下を掃いていたのだった。今更ながら自分が廊下にいる本来の理由を思い出し、そして変な渾名が増えたことに頭を抱え、木村は廊下を掃いた。