チャネリング@ラヴァーズ
「ああ、ばっちりだ。今度こそ、間違いなく俺が学年トップだ。」
親指を立てて見せた。
「だといいね~!」
貴子がウィンクしてみせた。
「白石、実はさ……。」
「何?」
「例の、俺たちが付き合っているふりをするってやつ、あれもう止めにしないか?」
「あ!そうかあの後、試験でまったく忘れてた。確か、そうだったね。もちろん、いいよ!でも、わざわざそんな事言いに来たの。私がお願いしてたんだから、メールでいいのにさ。」
宗像は肩をすくめて見せた。
「……実は俺、好きな人ができたんだ。」
「な、なんですって‽ちょっと、相手は誰なのよ?」
宗像はにやりと笑った。
「碧さん。」
―‼
「じゃ、またなー!」
「ちょ、ちょっと待って、あんた、それ詳しく話しなさいよ!」
宗像は逃げるように去って行った。宗像を追いかけようとした貴子を、
「いたこ。」
と、まみが呼び止めた。
「もしかして今の、全部聞かれちゃった?」
「ううん。ごめんね。実はとっくに知ってたの。」
「……そうだったの。ごめんね、まみ。」
「いいの。何でいたこが謝るの?」
二人は廊下に出た。各クラスの教室から、普段よりも大きなざわめきが聞こえてきた。
「いたこ、佐井野君のどこが好き?」
「……私の『好き』っていう気持ちは、まみの『好き』とは、もしかしたら違うかもしれない。でもとにかく、佐井野を尊敬している。それに変な方言なまりや、音痴だったり、自転車に乗れなかったりするのも好きなんだ。だから……いつも一緒にいたし、これからもあいつの傍にいたい。」
「……そう。全部、私の知らない佐井野君ね。」
まみは大きく息を吐いた。
「実はね、最近、私に告白してくれた男の子がいるの。それも3回も。私、断り続けているのに。」
「そうなの?」
「うん。でね、付き合ってみようかなと思っているの。」
まみが貴子の後ろを見た。その視線の先を追った。ひとりの男子生徒が立っていた。彼は貴子もよく知っている同じクラスの男子だった
「だから、佐井野君はいたこに譲るわ。」
「……まみ。」
「……ごめんね、もっと早くに貴子の気持ちに気がついてあげられなくて。」
「ううん、私こそ、ごめんね。」
「じゃあね、あんたも頑張りなさいよ!」
まみはそう言い残すと、その男子生徒に駆け寄り去って行った。貴子はその後ろ姿を見送った。
帰り支度を終えた貴子は、特進クラスの教室へ行った。もうずいぶんと、この教室に来ていないような気がした。佐井野はまだ教室に残っていた。テストの問題用紙と教科書をつき合わせて、答え合わせをしているようだった。
貴子はしばらくその様子を眺めていたが、意を決するように深呼吸すると、教室の中に入っていった。
「……佐井野。」
呼びかけると、プリント用紙から顔を上げて、貴子を見た。
「なんだべ。」
しばらく二人のあいだを沈黙が続いた。気まずい空気を変えようと、
「あ。」
と、二人は同時にお互いに話しかけようとした。思わず顔を見合わせ、そして噴き出した。貴子は笑い出し、佐井野は照れたように横を向いた。
「……一緒に帰ろうよ。」
「ああ。」
貴子は以前のように佐井野に言った。佐井野は素直に頷くと、帰り支度を始めた。
「そういえば、あんた、眼鏡はどうしたの?」
「ああ、あれはもういらなくなったべ。」
佐井野はそっけなく答えた。貴子の前でだけかけていた度の入っていない黒縁の眼鏡を、佐井野はもうかけていなかった。
「やっぱりあの眼鏡、伊達眼鏡だったんでしょ!もう、あんたって本当、意味わかんない。」
「眼鏡のことは、もうどうでもいいべ。」
「……あのさ、そういえば期末テストがあったから言い忘れてけど、あの時はいろいろ、ありがとう。」
佐井野は言葉を返さなかった。教室を出ると、二人は並んで歩き始めた。窓に二人の姿が映ったり消えたりしていた。佐井野には違う景色が見えているのかもしれない、と貴子はふと思った。
貴子は、自分とほぼ同じ背丈だった佐井野の背が、いつの間にか自分よりも5センチほど高くなっている事に気がついた。すると、佐井野と並んで歩いていることが、急に何か気恥ずかしくなった。
「ごめん、やっぱり私、先に帰るわ!」
貴子は走り出そうとした。
「待て!」
「ぐえっ!」
佐井野が腕を伸ばして貴子の襟をぐっと掴んだ。貴子は首を絞められ蛙のような声を出した。
「おめに言い忘れていたことがある。」
「何?」
「あのな。……いや、やっぱりいい。」
佐井野は言いにくそうに口を閉ざした。
「何よ。変な奴。」
貴子はふふん、と笑った。
「でも、ともかく、わいにはおまえが必要だ。これからも仕事を手伝ってもらわなきゃいかん。おまえは自分で思っているよりも、だいぶ優秀なアシスタントだ。」
「そうかな……。」
貴子のお腹が、ぐるぐると鳴った。二人は顔を見合わせた。
「……何が食いたいべ?」
「ラーメン!それか牛丼でもいいな!とにかく、今日はがっつり食べたい!」
「食べたら、またテストの答え合わせするべ。」
「げげっ、テストのことはしばらく忘れさせてよ!」
貴子は佐井野の前に立って歩き始めた。佐井野はその後姿を眺めた。ほのかに鼻先をくすぐった揺れるような髪の匂いに、泡立つような感情が自分の中を通り過ぎていくのを感じた。
「……童女のオシラサマと馬のオシラサマは、実は恋仲なんだべ。」
さっき言おうとして言えなかった言葉を、佐井野は小さく呟いた。だがその声は貴子には聞こえなかった。貴子は肩にかかる髪を煩そうに払った。揺れる度に背中に挟んだ馬のオシラサマが透けて見える。
「あーあ、いつの間にか暑くなったね。」
「んだな。」
貴子が振り返って佐井野に言った。
「そういえば、宗像に好きな人ができたんだって!」
「なにー‽ちょ、ちょっと待て、おめ、その話さ、詳しく教えろ!」
「あははは!後でね。とりあえず、先に昼飯おごってよ!」
「んだな。」
二人は校門へと急いだ。校門の前は開放感溢れる生徒たちの笑顔でいっぱいだった。貴子は入道雲が浮かんだ真っ青な青空を仰いだ。試験休みが開けたら、夏休みがやって来る。
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵