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風の魔術詩オーウェルン

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彼はアスティにかけられた死の呪いを解いた。印は跡形もなく消え去った。
「アスティ、ジブナルの母のもとに戻るのだ。生きるべき場所で、死んだ者たちの分まで生きよ。」
目を閉じた。死んだ兄と妹の顔が浮かんだ。母親。そして、故郷。
「……オーウェルンはもしかして、私の未来を、初めから知っていたの?」
「いや。……未来を完全に知ることなど、誰にもできないのだ。」
「……そう。」
彼女はオーウェルンの灰色の瞳をじっと見つめた。そして静かに後ろを振り返り、白馬の元まで歩き始めた。
オーウェルンは遠ざかるアスティの背中を見ながら、本当に知らなかったのだ、と呟いた。そして、これほど、おまえを愛してしまうことも、と心のうちで呟いた。

アスティは軍を率いてジブナル王国に戻った。皇太子亡き後、その母親である皇太后が政治を治めていた。悲嘆に暮れていた皇太后は、手元に戻った娘を見て狂喜し、再び元気を取り戻しつつあった。
アスティはジブナルの女王の座を継ぐ皇女として、母后の補佐を始めた。ジブナル王家の皇女として着飾ったアスティの、その美しさと気高さに、今では誰もが圧倒されるのであった。
夜になり人々が寝静まると、アスティはジブナル王宮の屋根に登り、星を眺めた。それはサマラの王宮に住んでいた頃からの彼女の習慣だった。ただその身分だけが、変わっていた。サマラの王宮にいた頃は奴隷であり、今は近くジブナル王国の女王の座を継ぐ皇女であった。
風が吹いていた。ふいに幼い頃に兄のジルシーズやシナイと遊んだ記憶が甦ってきた。長いあいだ忘れていたはずだったが、体はその血の中に、記憶を抱きしめていたのだ。
また風が吹いてきた。風は額にかかる髪を優しく揺らせた。その風がどこから吹いてきたのか、彼女は知っていた。

砂漠に、聞き覚えのある狼の遠吠えが聞こえた。魔術師の少年は足を止めた。
「オーウェルン!」
草原の国の王子が、旅を続ける魔術師の少年のもとに駆け寄ってきた。
「……クォーツ。お前、またマルゴスの宮殿を抜け出してきたのか?」
「言っただろう、この目で海を見るまでは、旅を止めないって!」
彼の青空のように深い青の眸が、未知なる旅への好奇心で輝いていた。背後の丘に、数騎の騎兵隊が見えた。主人がオーウェルンと無事に合流したことを見届けると、彼らは丘から離れていった。
マルゴス族は、しばらくその旺盛な征服欲を無くしはしないだろう。だが、この少年が大人になったとき、世界は少し変わるかもしれない。青空に向けられた彼のまっすぐな視線の先を見て、そう思った。
―世界の行く先を見届けるのだ。
風の中に、死んだ父親の声が聞こえたような気がした。オーウェルンの透き通った灰色の瞳が、眩い太陽の光を受けて、美しい銀色に変化した。
作品名:風の魔術詩オーウェルン 作家名:楽恵