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ファック・トゥー・ザ・フューチャー

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21世紀の僕             6年3組 矢吹丈一

 21世紀になっても、今とそんなに変わらないと思う。マイコンやテレビゲームをみんなが持っていたり小さな移動電話をみんなが持っていたりするけど、そのぐらいだ。便利な世の中にはなると思うけど、他のみんなが考えるような世界にはならない。車が空を飛んだりはしないし、ガンダムみたいな宇宙基地もできない。ロボットは小さいおもちゃみたいなやつが二本足で歩くのがやっとだし、モビルスーツで宇宙戦争なんてありえない。宇宙人も攻めてこない。ノストラダムスの大予言は当たらない。
 そして、男子のみんなは野球選手になりたいとか女の子はアイドルになりたいとか言っているけれど、有名になる人は一人もいない。僕は映画が好きだから、できれば映画監督になりたいと本当は思っているけれど、きっと映画監督にはなれないと思う。仕事はいやだけど、生活のためにがんばるのは大人になったらしかたがないと思う。夢がないと言われたけれど、これは本当の気持ちだからもう書き直ししたくないです。



「矢吹…。テメエ…。何だったんだ…」
 部屋中に散乱したティッシュペーパーからつんとした栗の花の臭い。二週間以上放置されたカップラーメンの空容器の中でゴキブリの子供が三匹、油まみれになって溺死している。老衰した蜘蛛が天井の角にぶら下がり、白かった筈の蜘蛛の巣は、煙草のやにで茶色く変色している。電気の傘から延びた引紐の先には何年も前にUFOキャッチャーで取ったバカボンのパパが埃だらけになってぶら下がっている。
 足指の間が痒い。二日間奥歯に詰まったままの、乾燥シナチクの滓が取れない。
 煩いテレビ。出っ歯の芸人が傘を回している。
「有名になる人は一人もいない?」
 摂氏5度の部屋。炬燵に潜って水虫の足を掻き毟った。壊れた皮膚が赤外線に照らされて、オレンジ色に光って見える。
「馬鹿にしやがって…」
 ゲロゲーロッ
 ゲロゲーロッ
 テレビから、笑えない漫才。
 二千一年。一月一日。二十一世紀の初日に記念すべき三十歳の誕生日を迎えた吉田日出男は、炬燵から頭を出してテレビのリモコンを構えた。
「うるせえ、ジジイ」
 門松と鶴亀のオブジェで飾られた舞台の上。何年経っても同じ芸を繰り返す漫才師が二人、吸い込まれるように小さくなって消えた。
 無音。静寂。
 その静かさに耐え切れず、吉田日出男はまた炬燵に潜り込んだ。炬燵の中に引き込んだ十八年前の小学校卒業文集。矢吹丈一の作文に、もう一度目を走らせる。
「何なんだよ…、こいつ」
 定規で引いたような角張った文字。薄茶に変色した安っぽい紙が、炬燵の中では不気味に赤い。
「畜生…」
 吉田日出男の双眸から、涙が溢れて落ちた。チーンと高音を発てて、炬燵のモーターが唸り始める。
「畜生…。矢吹…。馬鹿にしやがって。俺は…。なれたんだ。プロ野球選手になれる筈だったんだ。なれる筈だったのに…」
 啜った鼻水が塩っぱい。吉田日出男は心で叫んだ。
 こんな筈じゃ無かった。
 こんな糞ったれな三十歳になるなんて、あの頃は露程も思っていなかった。天才野球少年。エースで四番の凄い奴。学校中の誰もが、近所の大人達皆が、間違いなくそれを認めていた。チャンスでバッターボックスに立つと、まるで少年漫画のように、時間が止まる気がした。それまで吹いていた風がピタリと止んで、見ている皆がぎこちなく唾を飲み込む。俺は大きく息を吸って、止める。世界が真空になる。次に息を吐き出す瞬間に、バットの芯で白球が歪んでいる。急に空気が震えだして、ゆっくりと歩き出した俺は右手を突き上げる。小学生の頃も、中学の時も、何時だってスターだった。補助輪無しで自転車に乗れたのも、バック転が出来るようになったのも、初体験を済ませたのも、俺が一番早かった。
 なのに。
「畜生…。あん時…。バイクになんかのらなきゃ…」
 炬燵の明かりに右手を翳す。二センチ足りない中指と薬指が、滲んで揺れている。先端の四角い、爪の無い指。
 二千一年の始まり。三十代の始まり。記念すべきその日。吉田日出男は、足の臭いが充満する炬燵の中で、背中を丸め声を上げて泣いた。

21世紀の僕            6年3組 吉田日出男

21世紀の僕は、野球せんしゅだ。ジャイアンツにいて、いまとおなじようにピッチャーをしながらクリーンナップをうっていると思う。そおいう人はプロだとまだいないから、僕はさいしょになりたいです。その前に僕はこうしえんに行って優勝するからドラフトかいぎでジャイアンツに1位しめいされてはいる。そしてさいしょにもらったお金でカウンタックの赤を買おうと思います。でも21世紀になって空をとぶかっこいいクルマができたらそっちのほうがのってみたいと思う。ホームランをたくさん打って三振をとりまくってゆうめいになったらたくさんお金をもらってかっこいいクルマをいっぱい買いたい。それと21世紀になったらぼくは30才だからたぶん子供がいると思うから子供にも野球をおしえたげていつかは僕がかんとくになって子供が野球せんしゅになったらいいなと思います。

「畜生…」
 矢吹丈一の次頁にある、吉田日出男。十八年前の自分の作文。幼稚な文字。稚拙な文章。
 夢は何一つ叶わなかった。
 21世紀の吉田日出男は日雇いのガードマンだ。築二十五年の襤褸アパートで炬燵布団にくるまりながら新世紀を迎えた。三十歳。同世代のスポーツ選手達はいつの間にかベテランと呼ばれチームの主軸となっている。同い年の横綱は髷を切ってタレントになった。
 空腹。時計は午後二時を指している。カップラーメンも葡萄パンもすべて食べきってしまった。借りっぱなしのアダルトビデオも返却しなければならない。
 吉田日出男はヤドカリが殻を捨てるように炬燵から這い出た。ビデオの巻き戻しボタンを押し、ジャンパーを羽織る。痒い目を擦ると、茶色い目糞がぽろりと落ちた。寝癖隠しの野球帽を被りポケットに財布を仕舞う。巻き戻しが終わったビデオテープを取り出そうとしたその時、隣の部屋から女の喘ぎ声が聞こえた。
 若い女の態とらしい喘ぎ声。
 止まる。
 聞こえる。
 止まる。
 聞こえる。
 吉田日出男には分かっていた。隣に住む四十代の独身男は今、アダルトビデオを観ている。
 再生。
 早送りサーチ。
 再生。
 巻き戻しサーチ。
 リモコンを片手にベストショットを探している。
 憂鬱。
 再生専用の韓国製ビデオデッキからテープが吐き出された。お汁娘モモちゃん18歳。おしるこ ももちゃん じゅうはっさい。正月に、お汁娘。
 鳥になりたいと思った。鳥になって自由に空を飛び回りたい。でもカラスは嫌だ。出来る事なら鶴か白鳥がいい。もう、人間はうんざりだ。
「いくっ いくっ いくっ いく〜」
 隣の部屋から響く声に、聞き覚えがある。同じビデオを、確かに借りた事がある。
 鶴の鳴き声を思い出せない。白鳥は鳴くのだろうか。俺は四十代になっても隣の男と同じように正月からエロビデオを観て一日に何億もの精子を無駄死にさせているのだろうか。指先の無い右手で、陰茎を握っているのだろうか。