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ツカノアラシ@万恒河沙
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薔薇の葬列

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2章 死神の話


私はある日、『葬儀屋のばー』で死神と名乗る人物に出会った。まるで美少女のような少年。挨拶を交わすようになって何日かたって、私が変わった話はないかと持ちかけた所、彼は一緒に来ていた端正な顔をした優男に一冊のノートを私に渡すように言ったのだった。
(とくん。とくん。とくん)
注文した珈琲はまだ来ない。
私は、読みおえた大学ノートに書かれた手記をテーブルの上に置いた。奇妙な手記。神経質そうな文字を書く書き手は不明。血のように赤いインクで書かれた手記の内容は謎めいていた。自分好みの人間を次々に殺す殺人鬼の手記。手記は符麗卿と言う名前の美少女を殺す話で終わっていた。因みに心理学の話によると、サディズムの気がある人物が、本当に相手を殺してしまうことは殆どないそうだから、この手記が全くの作り物である可能性もないわけでははない。しかし、私は何故かこの手記は本物であるような気がした。
「それで、彼はどうなったんですか」
私は目の前で、淡々とした口調で話す人物を見つめた。死神のような三つ揃えの黒服を着た少年は、少女のような綺麗な顔を花のように綻ばす。唇の片端を吊り上げるような笑み。私とこの『葬儀屋のばー』で初めて会った時も、少年はこんな笑みを浮かべていた。初めて会った時、私がどう呼んだらよいのかと聞くと、少年は迷わず自分のことを死神と呼んでほしいと言ったことを私は思い出した。後になって良く良く考えてみると確かに、少年は死神の化身だった。

「彼は死にました。手記の最後の日付の次の日、彼は自分の部屋で自分の腹をナイフで裂いて死んでいたのを発見されました。彼が符麗卿の腹だと思ったのは、実は彼の腹だったのです。聞いた話だと彼は柴田勝家のように自分の臓に手を入れ死んでいたそうですよ」
死神は髪をかきあげた。額の中央で分けられた髪の間から、秀麗な白い額が丸見えになる。恐ろしい程、青白い肌。もしかしたら、氷のような体温しか感じられないのかもしれない。本当にこの人物は、この世に生きているのかと疑いたくなる。それ位、現実味が薄い人物だった。
「彼が死んだんですって」
私は素っ頓狂な声を上げる。確か、彼の手記の終末は符麗卿と言う美少女の腹を裂いて終わっていたではないか。私は意外だった。それに、彼が符麗卿の腹と自分の腹を間違えたと言うのは、いったいどういうことなのか。私は惑乱の中に足を踏み入れてしまったかのようだった。
「それじゃあ、符麗卿は生きているのですか」
私は尋ねる。手記の中で生きている筈の彼が死んだのなら、符麗卿が生きていてもおかしくないような気がした。いや、両人とも死んでいると言う可能性もないとは言えないが。
「もちろん、彼女は生きています」
死神はさも当然のように言って、テーブルの上に膝をつき顎を乗せた。少年には似つかわしくない妙にあどけない動作。その返事を聞いた時の私の顔は、とても面白いものだったのに違いない。少年は手に持った扇で口元を隠してくすくすと声を立てて笑って見せた。
「そんなに意外ですか?符麗卿が生きていては、いけませんか?彼は符麗卿を殺したつもりで、自分自身を殺したのです。彼の死に顔は法悦の笑みが浮かんでいて、見るものを困惑させたそうですよ。確かに彼が、死ぬときに法悦の極みに達していたことは、床に飛び散っていた彼の精液から解りました」
死神の口調は、病人に病状を告げる医者のように冷静で落ちついたものだった。愛くるしい顔をしているが、表情は妙に老成したものを感じさせた。
「彼は幸せだったのでしょうか」
私は尋ねてみる。そう尋ねることしか、私の頭には浮かばなかった。後で考えて見ると、ずいぷんと妙な質問をしたものである。
「さぁ」
死神は首を傾げた。唇には微かに笑みを浮かべている。まるで、ここにはいない誰かを嘲笑するかのようだった。
「符麗卿が生きていると言うことは、彼は結局は本懐を遂げられなかったろ言うことでしょう。彼は、虚しくはありませんか?」
「そうでもないかもしれません。彼は符麗卿の腹を裂いて臓に手を入れたと信じ込んで死んだのですから、本望ではありませんか」
確かにそうかもしれない。私たちにとっては幻でも、彼にとっては符麗卿の腹を裂いたのは現実だったのだ。彼は書いていたではないか。謎は謎のままにしておいた方が風情がある。正体見たりと枯れ尾花では悲しすぎる。夢幻は夢幻であるが故に美しいのだ。それならば真実を知らずに死んだ彼は、それが幻だろうと現実なのだろうと構わないのかもしれない。
「何故、彼は自分の腹を符麗卿という美少女の腹と間違えたのでしょうね」
現実を知っている者は、真実を知りたがる。自分自身のことではないから、簡単に尋ねることができるのだ。好奇心の虜となれる。しかし、答えるべき男はすでに死に、符麗卿と言う名の少女もここにはいない。
「何故だと思います」
死神は挑戦するかのように私に言った。その笑いを含んだ口調が私を刺激する。謎々の答えは何。この少年は、謎々の答えを知っているのだろうか。だとしたら、何故知っているのか。私は軽く眉を輩めた。
「答えがあるのですか、その謎々には。彼は死んでしまったのだから、答えは闇の中ではないのですか」
「本当のところ降霊会を開いて彼を呼び出したとしても、彼にだって真実は解らないでしょう」
死神はおかしくて堪らないと言うように、華奢な躯を震わせた。嘲笑。嘲笑。嘲笑。たぶん、死神はここにはいない彼のことを嘲笑っているに違いない。
「実は符麗卿は実在しない人物ではないのですか。彼女は彼でも有り、符麗卿でもあったと言う答えは、どうです?彼は自分の内に符麗卿と言う絶世の美少女を造り上げた。彼が男だったから、符麗卿が少年のように思えたというくだりが出てくるのです。そして、彼は幻の少女の腹を切り裂いたのです、本当は自分の腹とは知らずに切り裂いたのでしょう。そうではないのですか」
私はむきになったかのように言い立てた。この時の私は何か何でも、現実に鎚りたかったのだろう。
「そうかもしれませんね」
気のない返事。死神は目を軽く伏せて、その細めた目で手記の表紙に視線を向けた。その態度に、私は些か撫然とする。私が思わず、ムッとした口調になってしまったのは仕方がないだろう。
「面白いと感じても、信じてはいないのでしょう」
「少なくとも、彼が幻の少女を切り裂いただけと言う答えは合っています。そう、彼は符麗卿と言う少女から、甘美なる悪夢を与えられたのです。少女の腹と彼が思ったものは、自分の腹。少女の臓だと彼が信じたものは、自分の臓だったのです」
それでは、さて符麗卿と彼のどちらが、犯人で被害者なのだろう。どちらに罪があるのだろう。私には解らなくなった。もしかしたら彼は、符麗卿と言う美少女の罠に嵌まっただけなのではないだろうか。甘美なる悪夢を見せる美少女。私はそう想像して、あまり厭ではない自分かいることに気がついた。やはり、符麗卿という名は、少女の本質を表したものなのだろうか。一瞬だけできれば、自分も甘美なる悪夢に抱かれて死に至りたいと思った。恐ろしい惑い。現実から非現実への移動。私は頭を振って、現実に止まった。惑いを消し去ろうと努力しないではいられなかった。