タクシーの運転手 第三回
「事務所に帰るんですか。こんな時間までいったい何を?」
「はぁ~、あんたよくそんな喋る気になるなぁ」
「そういう性分なんですよ。気になさらないでください」
2度ため息をついてヤクザは口を開いた。
「仕事だよ仕事。今日は兄貴のシノギの手伝いをしてたんだ」
「兄貴っていうのは他の組織の先輩のことですよね」
「あぁ、そうだよ。よく知ってるな」
「この仕事長いですからね。今日はどんなシノギをしたんですか?」
「そ、そんなこと口が裂けても言えねぇよ…」
「そうですか。言えないならいいですけど…。運び屋とかですかねぇ」
「う…」
痛いところを突かれたように、口ごもった。
「図星ですか?流石にそれは言いにくいですね。リスクが高いですからね」
「…しょうがねぇだろ。俺ぁまだ新人だから…」
だんだん声が小さくなっていた。
「新人さんでしたか。それじゃ忙しいわけだ。顔に疲れが出てますよ。一日中働きづめですか?」
「そうだな。部屋住みは大変だよ。電話番が難しい。忙しすぎて、今日カップラーメン一個しか食ってねぇや」
とつとつとヤクザが語りだした。運転手の彼はうんうんと頷き始めた。
「でさぁ、10時くらいに若頭が事務所に来たんだよ。この若頭がめっちゃ厳しいんだ。今日も怒られて殴られちまった…」
そう言って左の頬を見せてきた。運転手の彼はバックミラーでそれを確認した。
「あぁ痛そうですね」
顔をしかめて言った。
「いやー、若頭の腕っぷしはすごいよ」
「そのようですね」
「俺もいずれは成り上がりてぇよな」
ヤクザははっきりとそう言った。
「出世欲ですね。まだ駆け出しの頃は、いろいろな壁にぶつかると思いますけど、次のステップへと必ずつながっているので、諦めずにがんばって下さい」
少し沈黙が流れ、ヤクザは下を向いている。運転手の彼の言葉が身に沁みているのだろうか。
「ち、まさかタクシーの運転手に励まされるとはな」
そう言うと、それ以上は何も言わなかった。
「はい、着きました。一番街でいいですか?」
「あぁ、頼むわ」
「はい、わかりました。お疲れ様でした」
「…ありがとな」
そう言い残し、彼は去っていった。
「いやー、それにしても変な服装だったな」
そして再び彼の車は走り出す。
どこまでもどこまでも。
作品名:タクシーの運転手 第三回 作家名:ちゅん