無鉄砲アピール
途中、俺を脅かすフランス人形もおらず、やがて例の歩道のないトンネルに差し掛かった。今度はトラックが横を通り過ぎることはなかった。
そこを越えると、確かにいくつもの瓦屋が軒を連ねて並んでいた。菊間瓦の歴史を感じることができた。
もう今治に入っていることになる。ここまで来れば駅までもう少しだ。
川沿いの道路を走り、今治駅に向かうための最後のストレートに入った。ここをまっすぐ行って、今治駅を示す道路標識のある信号で左折すれば駅がある。
俺はペダルを踏む足に力を入れて走った。その直線でますます俺のスピードは上がった気がした。
そしてついに今治駅に着いた。三時間十二分の旅だった。とても疲れてくたくただったけれど、元気だった。
俺は俺を越えたぞ。
右拳を握り、小さなガッツポーズで歓喜を示し、自分を称えた。
さあ、本番はここからだ。
しかし、とりあえず一旦、自転車を駐輪場に停めることにした。今度は鍵を掛けることを忘れなかった。ここで盗まれでもしたらしゃれにならない。
駅構内のキオスクで、ここまでで尽きたミネラルウォーターの変わりにスポーツドリンクを買って飲んだ。おにぎりで腹ごしらえもした。
そして三十分ほど休むと、聞き込みを開始した。もちろんあのときと同じで、来島海峡大橋までの道のりの下調べなどしていない。ここで調べることに意味があるのだ。
意味のないことに意味をつけて聞き込みをすることほんの五分。すぐに道のりがわかった。勝手知ったる駅員さんに訊いたのだ。きっと何度も訊かれてきたのだろう。駅員さんの説明はわかりやすかった。
駅員さんに聞いた通りの道を、駅から北に走り、来島海峡展望館というところを目指した。そこは来島海峡に面する展望台で、そこから来島海峡大橋が観られるらしい。
元気だった。本当に疲れてはいたけれど、とにかく元気だった。
あともう少しで世界初の三連吊橋だ。
CDウォークマンから聞こえてくるミュージックに乗って、希望が先行する。展望台らしきものが見え、それが展望台であることを確認すると、その入り口に人影が見えた。先客がいるなと思った。俺と同じように橋を見に来たのかもしれないな。
さらに展望台に近づいていくと、今度はその人影が手を振り出した。俺に向けてしているように見える。
さらに近づいた。そしてその人影の正体がはっきりした。笑顔で手を振っている。予想だにしない人物がそうしてくれていた。
俺のペダルを漕ぐ足が止まった。それまでの勢いを止めるほどの光景だった。
その人物の笑顔から目を離すことができなかった。
だけど、そのおかげで確信できた。その笑顔は昔の俺ではなく、今の俺に向けられていることを。
今聴いているのは、あのときと同じミスチルの『DISCOVERY』。
俺は今度の旅で、また新たな自分を発見できると、見つけてみせると思っていたんだ。
彼女を見たまま、ゆっくりとイヤホンを外した。
だけど違ったんだな。俺じゃなかったんだな。この旅で見つけることができたのは、君だったんだな。
俺も笑顔で応える。小さく手を振って見せた。
俺を待っていてくれた? いつ来るかもわからないのに? 来るかどうかさえわからないのに?
そして俺は、目頭が熱くなるのを感じた。
なんのために待っていてくれたんだい?
俺はそれを確かめたくて、再びペダルを踏み込んだ。そしてその理由が俺にとって幸運であることを祈った。幸運である可能性があるのならば、少しでもその可能性を高めるべく、無鉄砲さをアピールすべく、全力で漕いだ。あらん限りの力を振り絞って漕いだ。
松山に帰らなければいけないということは考えなかった。きっと月曜日の会社ではシップ臭いといわれるだろうけれど、下手したら休むかもしれないけれど、無鉄砲な俺は、全身全霊でがむしゃらに向かって行った。
俺に向けて笑顔で手を振ってくれる、君子ちゃんの元へ。
了
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作品名:無鉄砲アピール 作家名:颯太郎(そうたろう)