無鉄砲アピール
それを思いついたのは、一つには、その日が土曜日だったからだ。大学生の俺は、仮に夜遅くなっても次の日も大学が休みだから、なんとかなるだろう、という計算が働いたのだ。
そして何より、その日の起き立ての気分がすこぶる爽快でよかったからだ。
目を覚ましたのは十時半だった。すぐにそれを思いつき、準備をして行動に移したのが十一時四十分。
以前からそうしたいと思っていたのだ。だから道路標識を見て、距離はチェックしておいた。目的地まで52?。ここ愛媛県松山市から今治市までの距離だ。
当時、今治市には、瀬戸内しまなみ海道と呼ばれる、瀬戸内海の島と島をつなぐ大きな橋ができたばかりだった。
その橋の一つである来島海峡大橋は、日本三大潮流の一つである来島海峡に掛かっていた。さらに、世界初の三連吊橋という冠がなされており、三連吊橋がどんなにすごいのかは知らないけれど、とにかく、世界初だということだからすごいのだろうと思い、いつか観に行こうと思っていたのだ。来島海峡大橋は今治からはじまっている。
今治市までが52?で、マラソン選手が42.195?を二時間台で走るのだろう? だったら自転車の俺は、三時間くらいで今治に着くのではないか、と単純にそう思っていた。さすがにマラソン選手には長距離では自転車でも敵わないだろうと思った。けれど、自転車ならそんなに差は出ないだろうとも思ったのだ。
三時間くらいなら、俺にも漕ぎつづけることはできそうだ。普段からよく自転車には乗っている。たまに一時間くらいかけて、隣町の本屋に行くことだってある。帰りも入れて往復で二時間。どこから生まれたかわからない、根拠のない自信があった。それなりに疲れるだろうけれど、同じ愛媛県内の橋をちょっと観に行くくらいの体力はあるだろう、と。
ちなみに本屋巡りは俺の趣味だ。本に囲まれたあの空間が好きなのだ。
その本屋で、来島海峡大橋までの道のりを調べることは可能だっただろう。当時は橋ができたばかりで、話題の本として瀬戸内しまなみ海道のコーナーがあったくらいだから。
しかし俺は、ちゃんと調べなかった。少なくとも今治から来島海峡大橋までの情報はゼロのままにしておいた。
今治までは車で行ったことがあるので、それを思い出して、国道をまっすぐ走るだけなので問題ない。道路標識もあるし。あとは今治駅に着いてから現地で橋までの道のりを調べる。それが俺らしいベストな考え方だと思っていた。
急に今日、橋を観に行く、そう思いついたのも俺らしい。そう思っていた。
そう思うようになっていたのも、その俺らしさを認めてくれる人がいたからだ。大学になってはじめてできた彼女、君子ちゃんだ。同じ英語学科の同級生だ。
君子ちゃんとは、不思議なことに、君子ちゃんのほうから猛烈アプローチを仕掛けてくれて、付き合うようになった。大学一回生の五月のことだ。
そして付き合いはじめて半年ほど経ったある日、なぜ付き合ってくれるのか、ずっと疑問に思っていた俺に、俺を好きになった理由を話してくれた。
それは、俺の友人が、入ったばかりのサークルの先輩達と交友を深めるべくスケートに行くことになった、という話からはじまる。
その友人はスケートの件を俺に話すと、俺にも付いて来てくれと頼んできた。心許無いからという理由らしい。
しかし、全然関係ない部外者の俺が付いて行っても大丈夫なのか。雰囲気を悪くするのではないか。俺はそいつに疑問をぶつけた。
するとそいつは、同じ大学だからいいんだよ、と俺とそのサークルの先輩を大きな括りでまとめることで、強引に問題ないことにしてきた。
俺も当時、いい加減だったので、まあ、そうだよなと納得して付いて行くことにした。結局は、単純にやったことのないスケートをやってみたい、という好奇心が強かったのだ。
当日、待ち合わせ場所の大学の正門に行くと、すでに友人と先輩方はいた。俺は友好的に先輩方に軽く挨拶をしたが、先輩方は明らかに部外者を見るような目で、途惑っているようだった。
まさかと思い、先輩方にくっついている友人を呼び寄せた。
「おい、おまえ、ちゃんと俺を誘ったこといったのか? それか、俺が勝手に付いて来るとかいったんじゃないだろうな」
そう詰め寄ると、あいまいな返事をしたので、やられたと思った。
スケート場がどこにあるのか、俺は聞かされておらず、友人の(あくまで友人の)先輩の車で連れて行ってもらった。
車内では、友人が俺にだけ聞こえるように、付いて来てくれて助かるわ、と取って付けたようにおべっかを使った。俺も、まあ、こいつがいるから大丈夫だろう、と安易に考えていた。
しかし、スケート場に着いてみれば、友人は入ったばかりのサークルの先輩に取り入るので精一杯になっていた。そうなるとサークルの先輩方が赤の他人である俺に気を遣って話し掛けてくれるわけもなく、俺は無視される格好になった。そして結局、ひとりで滑ることに。
はじめてということで最初こそ新鮮だったが、ひとりで黙々とスケートをするのにも飽きてきた。いつのまにか友人の姿も見えなくなったので、俺は勝手に歩いて帰ることにした。
次の日、大学で友人に、昨日どうやって帰ったんだよと訊かれて、歩いてというと、口をあんぐりされた。
道も知らないのによくひとりで帰る気になれたな、といわれた俺は、一言、「陸つづきだから、なんとかなると思って」といった。友人は大笑いしていた。
その話を同級生の君子ちゃんは隣で聞いていたらしい。
「今村くんのそういう無鉄砲なところが好き。大物になったりして」
そうか、俺は無鉄砲なところがいいのか、とはじめて自分の長所(?)に気付いた。好きな子に褒められた俺はそれを磨くべく、ますます無鉄砲な行動をするようになっていた。
そして、その日になる。
今日も陸つづきだからなんとかなるだろう、と思っていた。そして、帰ったら真っ先に君子ちゃんに報告して、また褒めてもらおう、とにやついていた。
不穏な自信ではあったが、過信してはいけない、と一応は考えていた。
思いつきとはいえ、できる準備はしっかりしておかないとな。まず水だ。そしてエネルギー補給も必要だろう。エネルギーといえば糖分、甘いものだ。
そこで俺は、コンビニでペットボトルのミネラルウォーターを三本と、普段食わない甘いキャラメルも二箱購入した。これ一粒で、うん?とキャッチコピーが入ったやつだ。
それらをリュックに入れ、スポーツサイクルでもなんでもないただの自転車の前カゴにリュックを入れた。そして俺は、颯爽と街を出た。
さあ、旅のはじまりだ。
旅にミュージックはかかせないだろう。CDウォークマンも忘れなかった。BGMはミスチルのアルバム『DISCOVERY』。
発見というタイトルがこの旅にぴったりだと思った。自分探しの旅。この旅を通じて新たな自分を発見するのだ。もちろん、思っていたよりもずっと強い自分を。なんてことを考え悦に入った。
その中に収録されている『終わりなき旅』をリピートして聴いた。もちろん今回の旅とかけてある。自分を奮い立たせるのにいい歌だと思っていた。
そして何より、その日の起き立ての気分がすこぶる爽快でよかったからだ。
目を覚ましたのは十時半だった。すぐにそれを思いつき、準備をして行動に移したのが十一時四十分。
以前からそうしたいと思っていたのだ。だから道路標識を見て、距離はチェックしておいた。目的地まで52?。ここ愛媛県松山市から今治市までの距離だ。
当時、今治市には、瀬戸内しまなみ海道と呼ばれる、瀬戸内海の島と島をつなぐ大きな橋ができたばかりだった。
その橋の一つである来島海峡大橋は、日本三大潮流の一つである来島海峡に掛かっていた。さらに、世界初の三連吊橋という冠がなされており、三連吊橋がどんなにすごいのかは知らないけれど、とにかく、世界初だということだからすごいのだろうと思い、いつか観に行こうと思っていたのだ。来島海峡大橋は今治からはじまっている。
今治市までが52?で、マラソン選手が42.195?を二時間台で走るのだろう? だったら自転車の俺は、三時間くらいで今治に着くのではないか、と単純にそう思っていた。さすがにマラソン選手には長距離では自転車でも敵わないだろうと思った。けれど、自転車ならそんなに差は出ないだろうとも思ったのだ。
三時間くらいなら、俺にも漕ぎつづけることはできそうだ。普段からよく自転車には乗っている。たまに一時間くらいかけて、隣町の本屋に行くことだってある。帰りも入れて往復で二時間。どこから生まれたかわからない、根拠のない自信があった。それなりに疲れるだろうけれど、同じ愛媛県内の橋をちょっと観に行くくらいの体力はあるだろう、と。
ちなみに本屋巡りは俺の趣味だ。本に囲まれたあの空間が好きなのだ。
その本屋で、来島海峡大橋までの道のりを調べることは可能だっただろう。当時は橋ができたばかりで、話題の本として瀬戸内しまなみ海道のコーナーがあったくらいだから。
しかし俺は、ちゃんと調べなかった。少なくとも今治から来島海峡大橋までの情報はゼロのままにしておいた。
今治までは車で行ったことがあるので、それを思い出して、国道をまっすぐ走るだけなので問題ない。道路標識もあるし。あとは今治駅に着いてから現地で橋までの道のりを調べる。それが俺らしいベストな考え方だと思っていた。
急に今日、橋を観に行く、そう思いついたのも俺らしい。そう思っていた。
そう思うようになっていたのも、その俺らしさを認めてくれる人がいたからだ。大学になってはじめてできた彼女、君子ちゃんだ。同じ英語学科の同級生だ。
君子ちゃんとは、不思議なことに、君子ちゃんのほうから猛烈アプローチを仕掛けてくれて、付き合うようになった。大学一回生の五月のことだ。
そして付き合いはじめて半年ほど経ったある日、なぜ付き合ってくれるのか、ずっと疑問に思っていた俺に、俺を好きになった理由を話してくれた。
それは、俺の友人が、入ったばかりのサークルの先輩達と交友を深めるべくスケートに行くことになった、という話からはじまる。
その友人はスケートの件を俺に話すと、俺にも付いて来てくれと頼んできた。心許無いからという理由らしい。
しかし、全然関係ない部外者の俺が付いて行っても大丈夫なのか。雰囲気を悪くするのではないか。俺はそいつに疑問をぶつけた。
するとそいつは、同じ大学だからいいんだよ、と俺とそのサークルの先輩を大きな括りでまとめることで、強引に問題ないことにしてきた。
俺も当時、いい加減だったので、まあ、そうだよなと納得して付いて行くことにした。結局は、単純にやったことのないスケートをやってみたい、という好奇心が強かったのだ。
当日、待ち合わせ場所の大学の正門に行くと、すでに友人と先輩方はいた。俺は友好的に先輩方に軽く挨拶をしたが、先輩方は明らかに部外者を見るような目で、途惑っているようだった。
まさかと思い、先輩方にくっついている友人を呼び寄せた。
「おい、おまえ、ちゃんと俺を誘ったこといったのか? それか、俺が勝手に付いて来るとかいったんじゃないだろうな」
そう詰め寄ると、あいまいな返事をしたので、やられたと思った。
スケート場がどこにあるのか、俺は聞かされておらず、友人の(あくまで友人の)先輩の車で連れて行ってもらった。
車内では、友人が俺にだけ聞こえるように、付いて来てくれて助かるわ、と取って付けたようにおべっかを使った。俺も、まあ、こいつがいるから大丈夫だろう、と安易に考えていた。
しかし、スケート場に着いてみれば、友人は入ったばかりのサークルの先輩に取り入るので精一杯になっていた。そうなるとサークルの先輩方が赤の他人である俺に気を遣って話し掛けてくれるわけもなく、俺は無視される格好になった。そして結局、ひとりで滑ることに。
はじめてということで最初こそ新鮮だったが、ひとりで黙々とスケートをするのにも飽きてきた。いつのまにか友人の姿も見えなくなったので、俺は勝手に歩いて帰ることにした。
次の日、大学で友人に、昨日どうやって帰ったんだよと訊かれて、歩いてというと、口をあんぐりされた。
道も知らないのによくひとりで帰る気になれたな、といわれた俺は、一言、「陸つづきだから、なんとかなると思って」といった。友人は大笑いしていた。
その話を同級生の君子ちゃんは隣で聞いていたらしい。
「今村くんのそういう無鉄砲なところが好き。大物になったりして」
そうか、俺は無鉄砲なところがいいのか、とはじめて自分の長所(?)に気付いた。好きな子に褒められた俺はそれを磨くべく、ますます無鉄砲な行動をするようになっていた。
そして、その日になる。
今日も陸つづきだからなんとかなるだろう、と思っていた。そして、帰ったら真っ先に君子ちゃんに報告して、また褒めてもらおう、とにやついていた。
不穏な自信ではあったが、過信してはいけない、と一応は考えていた。
思いつきとはいえ、できる準備はしっかりしておかないとな。まず水だ。そしてエネルギー補給も必要だろう。エネルギーといえば糖分、甘いものだ。
そこで俺は、コンビニでペットボトルのミネラルウォーターを三本と、普段食わない甘いキャラメルも二箱購入した。これ一粒で、うん?とキャッチコピーが入ったやつだ。
それらをリュックに入れ、スポーツサイクルでもなんでもないただの自転車の前カゴにリュックを入れた。そして俺は、颯爽と街を出た。
さあ、旅のはじまりだ。
旅にミュージックはかかせないだろう。CDウォークマンも忘れなかった。BGMはミスチルのアルバム『DISCOVERY』。
発見というタイトルがこの旅にぴったりだと思った。自分探しの旅。この旅を通じて新たな自分を発見するのだ。もちろん、思っていたよりもずっと強い自分を。なんてことを考え悦に入った。
その中に収録されている『終わりなき旅』をリピートして聴いた。もちろん今回の旅とかけてある。自分を奮い立たせるのにいい歌だと思っていた。
作品名:無鉄砲アピール 作家名:颯太郎(そうたろう)