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断片

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希望



いい声で泣くね、と少女は隣の少年に話しかけた。少年は表情を変えることなく、うん、と同意した。
先ほどから金鎚で叩かれ続ける少年少女。兄妹なのか少年は少女の上に覆い被さり、攻撃を受けている。
ひぐっ、ふぐっ、と言葉ではない言葉を垂れ流し続ける。妹はがくがくぶるぶると震え続けているのを見て取れる。
お兄ちゃんは偉いね、妹はダメだね、と標的を変えようとすると、止めてよ…と嘆く。妹は、お、お兄ちゃん…と呟くばかりで、他の単語は喋っていない。言葉を忘れてしまっているようだ。
淡々と降り続ける少女は、何度も叩き続けたことにより、皮膚が青く変色した箇所を丹念に潰している。痛覚を壊してしまいたい。少女の動作を見てると、目的を持って動かしている様に思えてならないが、感情を表に出すことはない。美しい顔を歪めることなく、仕事だとばかりに、振り続ける。
同じく無表情を保つ少年が、ご飯にしよう、と囁くと、少女は動きを止めた。
今から作るから待ってて。金鎚を妹の足に目掛けて投げつけ、台所へと向かった。
ぐふっと重さを感じた妹は息を漏らす。
やっと終わった、と安堵の息を吐く兄は、少年に言った。
いつまで続ければいいの?
少年は答えた。
永遠に。
兄は、絶望的な表示を浮かべ、嘘だ、嘘だ…と悲痛の叫びを上げる。
妹は、少年を真っ向から睨む。脅えることも、怯むことなく、好戦的な視線を送る。
扉を挟んで料理を作っている少女が、ウルサい、と喚いている。
少年は、今、静かにさせる、と大きな声で答える。
兄妹は戦慄する。手を出して来なかった男が、僕たちに危害を加える。
止めてよ…、と懇願する。
少年は笑うことも、喜ぶこともなく、兄の首を持ち上げる。軽々と持ち上げ、じたばたと暴れる。抵抗も虚しく、されるがまま、兄は、息をするを止めさせられた。
妹は、ぞっとした顔をする。目から大粒の涙。失禁も同時にし、畳に尿が吸い込まれていく。
いやだ、もぅやだ…。
びくんびくんと体が痙攣する。少年は、妹をなぶることも、痛めることもせず、部屋から立ち去った。
兄は、こほっと息を蒸し返し、妹は兄の無事に喜ぶ。
狂って壊れた生活を続けて、どれくらいか、食卓に並ぶおかずを見る前に、遠くに張ってあるカレンダーを見た。
一週間。何ヶ月にも時間が流れた様に感じていたが、一週間しか月日は経過していなかった。
少女は、美味しいからね、と満面の笑顔を浮かべている。端正な顔立ちをしている少女。美少女と誰しもが判断する天使の微笑みを浮かべている。
少年は、美味しい、と、味噌汁をすすりながら答えた。
食卓の風景だけを見るなら仲むつまじい幸せな風景。隣の部屋に監禁している兄妹が居なければ、平穏な一日。
だが、どこでおかしくなってしまったか。
少年は頭を悩ませ、考え始めた。
幸せである日常の裏に不幸である非日常が待っている。
一般常識で考えれば目の前の少女は犯罪者であるが、背景を考えれば、同情する余地があり、罪を重ねてしまうのもやぶさかではない。
明日は何、食べるー?と朗らかに訊ねる少女に、何でもいいよ、と、ぶっきらぼうに返す。
特別でない少年が飛びっきりの美少女と温かい生活を送れる。
少年は思考を停止した。今の生活が続けば、何もいらない、と願った。

作品名:断片 作家名:シギ