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君はサンタクロース

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「ちょうど10年前の今日、つまりクリスマス・イブだな。おれたち、そのときはまだ6歳だっただろ?サンタさんの正体を確かめようと、寝ないで玄関口で待ってたんだ」
翔太は昔の記憶をたどるように、自分のなかで整理するように、ひどくたどたどしく話した。
「おれの家、朝起きてみたら枕元にプレゼントが!とか、そういうイベントなかったんだ。友だちはみんな、プレゼント貰ってんのにさ。どう控えめに言ってもいい子とは言えないような悪ガキのところにもだぜ?すっげー悔しかったし、悲しかったんだよな。
だから、玄関口で待ってればさ、布団にくるまって寝てるより、サンタさんが来てくれるような気がしたんだ。サンタは煙突から入って来るって歌があるけどさ、おれの家、そんな豪勢なもんついてない、ただの借家だからさ、絶対玄関から入って来るって思ってたんだ」
私は、ペースを変えずに歩き続ける翔太の横顔を盗み見ながら、翔太の小さいころを想像した。
サンタの来ない家。何もない枕元。寒空のなか、今まで来たためしのないサンタを待ち続ける翔太。
どんな気持ちで、待っていたんだろう。
「玄関でじっとしてるうちにさ、おれ、寝ちゃったみたいでさ。目の前のドアから物音が聞こえてくるから慌てて飛び起きたんだ。おれ、外にいるのは絶対サンタさんだと思って舞い上がっちゃってさ、急いで鍵を開けてドアを開けたんだ。
そしたら、サンタの衣装とは似ても似つかないような地味な格好したおっさんだったんだ。白いひげも生えてなかったしな。
でも、人間、見ためで判断しちゃいけないって言うだろ?だから、おじさんはサンタさんですかって聞いたんだよ」
今考えれば物騒な話だよなぁと言って、翔太は笑った。
私は、この話のオチがわかったような気がして、とても笑えなかった。
「そのおっさん、おれとおれの質問にかなり驚いてたみたいだったんだけど、そうだよサンタさんだよ、なんて言うわけ。挙句の果てに、この家を案内してくれないか、なんて言ってきたんだよ。おれもバカだからさ、それを真に受けちまったんだ。トイレにでも行きたくなったんだろう、だからおれの家に寄ってくれたんだ、なんて考えてさ。
で、トイレに案内したら、そこには用を足しに来た親父が先にいたわけ。
そっから先は大変だったよ。おっさんは逃げ出すし、親父は怒鳴りながら追いかけるし、おふくろはおれを抱きしめてわぁわぁ泣きだすし。あれは聖夜なんてもんじゃなかったね」
「そのおじさん、泥棒だったってこと?」私は何て言ったらいいのかわからなくて、とりあえず一番聞きやすいことを口にした。
「うん。そのおっさん、ちゃんと捕まった。それでこの辺を物色してた空き巣だったってわかったんだ。クリスマスって、浮かれて戸締りが甘くなったりする家が多いらしくて。まぁ、おれの場合、自分で招き入れちゃったんだけど」
「それじゃ、サンタは結局、いなかったってことにならない?」翔太の話を聞く限り、翔太のためにプレゼントを運んできたわけはないみたいだし。
翔太は私の言葉に首を振ると、微笑んだ。
「そのおっさんは空き巣だったけど、おれにとってはサンタだったんだ。ちゃんと、プレゼントを運んできてくれた」
その笑顔があんまりにも柔らかかったものだから、私は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
「おれの親、実はそのときすっげー険悪でさ、離婚寸前だったんだ。もうお互いに口利かないし、干渉しませんって感じでさ。
でも、その騒動のおかげでさ、親父もおふくろもおれを抱きしめて泣いてくれたんだ。無事でよかった、って。まぁ、その前に親父にはげんこつ一発くらって、おふくろには往復ビンタされて、おれも泣いたんだけどさ。
3人でひと固まりになってバカみたいに泣いてるうちにさ、たぶん、3人とも思ったんだ。こうやって3人で泣けなくなったら、それってすごく悲しいことなんじゃないかって。
それから、少しずつ親父とおふくろがまた昔みたいに話すようになっていったんだ。おれも、二人が仲直りできるようにいろいろ動くようになった」
翔太はそう言うと、ちょっと恥ずかしそうに続けた。
「その年、おれがサンタさんに頼んだプレゼントはさ、おれのお父さんとお母さんが、また前みたいに仲良くなってほしいってことだったんだ。だから、そのおっさんはサンタだったってわけ」
私は、自分のなかでいろんな感情が洗濯機のなかみたいにぐるぐる回っていくのを感じた。
そして、一呼吸おいて言った。
「バカじゃないの」
自分の手が震えている。これはきっと、12月の冷気のせいだ。
「翔太、下手したら死ぬとこだったよ。両親の不仲なんて、翔太の責任じゃないじゃん。サンタなんて、ただのおっさんだよ?叶えてくれるわけないじゃん。
もっと、子どもらしいこと頼めばいいじゃん。
おもちゃとか、高いスポーツ用品とか。クリスマスなんて、みんな浮かれてんだよ?自分が楽しい気分になることしか考えてないんだよ?まだ6歳の翔太が、大人のことまで考えてやることないじゃん。
そのおっさんに感謝するなんて変だよ、翔太、ひどい目に遭ってたかもしれないんだよ・・・」
声まで震えてきた。自分でも、何を言っているのか、何を言いたいのかわからない。
それでも、いろんなことが間違っているような気がした。
幼い翔太を利用しようとした空き巣のおっさんが、クリスマスにすら子どもに気を配れない翔太の両親が、無垢な翔太が、ただ華やかであろうとするクリスマスが、みんなまとめて間違っているような気がした。
でも、そのなかで一番おかしいのは、私だ。
なんで、こんなに取り乱しているんだろう?なんで、こんなに腹立たしいんだろう?なんで、こんなに胸が苦しいんだろう?
急に、震えていた手が止まった。翔太が握ってきたことに気がついた。
「おれ、なんか、すげー嬉しい。いつも、おればっかり穂波のこと好きだと思ってたから。おれのことこんなに言ってくれて、すごく、幸せ」
私は、もうそれ以上、何も言うことができなかった。
おればっかりって、なによ。私があんたのことを、好きだとでも?私は別に、あんたが好きなわけじゃない。頼まれたから、断ってしまえるほど思いやりなんて持ってなかったから。ただ湧きあがってきた言葉を言っただけだから。
そんなセリフが、たしかに頭のなかに用意されたけど、口にできるほど、私は嘘が得意じゃない。
一緒にいるうちに、翔太のまっすぐな目が、お人好しが、ちょっと危なっかしいくらいの優しさが、私にとってなくてはならないものになってしまっていたみたいだ。
たしかにそう感じて、でもうまく伝えられる言葉が見つけられなかった。私が知っている言葉じゃ、どれも正確に伝えられない気がした。
翔太とつないだ手が、冷たい風から離れ、ほのかな熱を持ち始める。
この熱で世界中の人が暖められるわけじゃないけど、私にとっては、これ以上はないたしかなぬくもりだ。
握った手に力を入れると、私は震えないように気をつけながら、つぶやいた。
「私には、翔太がサンタだから」
翔太の驚きが、握った手に響いてきた小さな振動でわかった。
私は笑って、その振動を返した。
このぬくもりが、ここにある。
こんなに貴いプレゼントは、他にない。

作品名:君はサンタクロース 作家名:やしろ