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だうん そのろく

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「天使の寝顔で寝ろ。」 という言葉で、いつもなら、とんでもないことになる金曜日の夜は、別々に寝た。ようやく俺の嫁の腰の具合が治ったので、やれやれと、俺は大人しく寝た。せっかくの旅行なんだから、万全の体調であるほうがいい。

 翌朝、ぼぉーっとしている俺の嫁を、とりあえず、着替えさせて駅前へ出向いた。電車なら、いつでもどこでも飲酒できるのだが、生憎と、俺も俺の嫁も、飲酒に、さほど興味がない。ついでに、明日の俺の嫁の体調を考えたら、レンタカーを借りるほうが得策だった。
「まくどでええか? 」
「メシはいらん。」
「あかんて、サービスエリアあんまりないとこやねんからっっ。」
 レンタカーを借りる前に、駅前のマクドで朝マクドした。それから、車を借りて、俺が運転する。だいたい、行きしなは、嫁で、帰りは俺というのが、基本だ。だが、今回に限っては、俺が運転する。行き先を教えないミステリーツアーだからだ。
「ほんで? 」
「まあ寝とき寝とき。」
「・・・・・ラブホか?・・・・」
「いいや、ちゃんとネットで予約した。露天風呂付き部屋で、海の幸豪華料理。」
「中国か山陽か、それとも播但か? 」
「山陽から地道。」
「あれ? カニはええんかい? 」
「いや、満杯やったんよ、カニは。」
「三朝? 」
「うーん、ええとこ突くなあ。」
「ふーん。」
 それで、おおよその予測はついたのか、俺の嫁は、シートを少し倒してサングラスをかけた。今夜は、どうせ寝かすつもりもないので、体力温存してもらうほうがいい。
 さほど遠い場所でもないので、あっちこっち寄り道しつつ、とりあえず海までは出るつもりだった。せっかくの遠出なので、ちょっと個人的趣味も満足させてもらうつもりだ。
 名神からバイパスを乗り継いで、山陽道へ入った。そこから、瀬戸内自動車道へと道を進めたら、嫁は、「ああ、うどんか。」 と、呟いた。けれど、瀬戸大橋手前で、そこを降りて、鷲羽山へと足を向けた。
 途中で、たこのうまい店で昼飯を食って、鷲羽山の展望台へと登る。土曜日の割に観光客はいなかった。眼下に広がるのは、瀬戸内海の島と海で、向こう側の四国まで、綺麗に見渡せた。
「ええ景色やなあ。」
 ベンチに座った俺の嫁は、まぶしそうに目を細めて、景色を堪能している。本当に久しぶりに遠出だ。
「ほんま、ええ景色や。・・・・なあ、水都。」
「ん? 」
「結婚十周年やねんけど? スウイートテンダイヤはいらんか? 」
「はあ? 」
 まあ、きっちりと、いつ結婚したということはないので、就職して同居した年が結婚した年だと俺は決めている。十年を越えた。そのお祝いも兼ねて、旅行することにしたのだが、俺の嫁は気付いていなかった。
「なんて言うんやろうな? 銀婚式が二十五年やろ? 金婚式は五十年。」
「さあ、知らんな、それは。・・・・そうか、十年も経ったんやなあ。おまえも飽きへんやっちゃで。」
 呆れたように微笑んで、俺の嫁は、俺の顔を覗きこむ。十年以上一緒に居ると、すでに、この顔があるのが当たり前になっている。飽きも呆れもしないのだから、これでよかったんだろう。
「おまえこそ、よう、こんなしつこい男と一緒におるわ。」
「あーそういやそうか。お互い様やな。」
 あははははと二人して笑い飛ばした。小春日和の温かい日で、俺と俺の嫁は、そこで、のんびりと日向ぼっこを堪能した。


 小一時間ほど、ぽかぽかとした小春日和の展望台で過ごして、そこから引き返した。せっかく、ここまで来たのだから、俺としては、是非とも観たいものがある。
「大原へ行く。」
「好きやなあ。『睡蓮』。」
「しゃーないやろう。あれ、日本人の心に、最も響く絵画やと言われてるんやぞ。」
「・・・俺、響かへんねけど? 」
「おまえ、日本人のカテゴリーから逸脱しとるからな。」
「うるさいのー、どうせ、俺は高尚な趣味はあらへん。それやったら、俺は、どっかで茶でもしばいてる。」
「あかん、おまえと見たいから連れて行く。」
 けっっ、と、俺の嫁は、それから無言だ。拗ねているのなら可愛いが、そうではない。面倒だと思っているだけのことだ。いつもは、俺が、そういう場所に行くと半日くらい動かなくなるからだ。だが、さすがに、宿までの移動を考えたら、それほどの時間は使えない。だから、ひとつだけ、どうしても見たいものだけを嫁と並んで見ることにしていた。
「睡蓮だけやから、そんなに時間はかからへん。」
「ん? あっこは、他もあったやろ? えーっと、『ゲルニカ』やったかな? 」
「あるで、ゲルニカ。それから、印象派も多数。書道も焼き物もな。でも、今回は時間もないから『睡蓮』だけ。」
「明日にしたらええやんか。」
「ん? 」
「どうせ、俺、明日は使い物にならへんから、クルマで寝てるだけやし。その間に行け。」
「なんや、やる気やないか? 俺の嫁。」
「言い出したんは、おまえじゃ。」
「明日は、宿で昼まで、まったりして帰るから時間はあらへん。」
「え? 」
「時間延長して昼飯も食うて帰るように予約した。なんやったら、お姫様だっこでクルマまで運ぶで? 」
「いや、それまでには歩けると思う。」
「またまたぁーかなんなあー俺に一週間も我慢させてることを忘れてるで、俺の嫁。」
「いっ? ・・・まさか、また、あれをやるんか? おまえ・・・・」
「そうそう、あれを。なんなら、違うこともいろいろと。」
「ストリップとかで手を打たへんか? 花月。」
「えーーーーーーー浴衣脱ぐだけやろ? 色気も何もあらへんがな。」
 そんな与太話をしつつ、倉敷の美観地区へ入った。ここにある大原美術館が、『睡蓮』のある場所だ。近くの駐車場へ車をいれて、そこから歩いた。何年かぶりに訪れたので、店が変わっていたのには驚いた。
「やっぱ、いろいろと変化はあるらしいな。」
「そら、建物は変えられへんとなったら中身だけやもんな。」
 ぶらぶらと目的の美術館へ向う道すがら、たまには来るべきやなと思った。米子の美術館には、数年に一度は行っているが、ここは、何年かぶりだった。油絵が多いので、俺の好みの絵画が少ないからだ。
 『睡蓮』は、正確には、モネの『睡蓮』という油絵の一連の作品だ。それらが配置された部屋があり、これらは常設展示されている。日本人にも懐かしいと思わせる原風景のような絵画で、有名な作品だ。
「ほら、これが『睡蓮』」
「へぇー連作なんやなあ。知らんかった。」
 大きなキャンパスと、それに付随するような小さなキャンパスに、睡蓮が描かれている。遠目に見ると、まるで写真のような風景に見えるのが、この絵の売りだ。
 以前は、水都は、外の茶店で本を読んで待っていた。だから、こいつは、ここに来たことがあるのに、実物を拝むのは初めてだ。
「きれいやろ? 」
「せやな。」
 急ぐ旅ではないので、少し、その部屋で眺めていた。それから、「むらすずめ」という土産菓子を買って、本日の宿へ向う。
「たまには油絵もええな。」
「それはよかった。また、ゆっくりと見に来よな。」
 ここなら、クルマがあれば、それほど遠い場所ではない。今度は、これを目的にするような日程を組もう。



作品名:だうん そのろく 作家名:篠義