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空中庭園都市バベル シャングリラ編 序章

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余程空腹だったのか、少年の食べっぷりは見事なものであった。
育ちがよいのか行儀の良い食べ方ではあるが、消化してゆく速度は随分と豪快だ。
これだけ空腹ならばあの怒りようも尤も、と言いたくなるほどである。


「…ご馳走様でした」
「いやぁ、これだけ食べてもらえれば作った甲斐があるよ」


食器を洗っていた店主は嬉しそうに少年を見遣った。
手伝っていたロドナも嬉しそうである。
この店はれっきとした食堂であるが、如何せん客からの注文は酒が多かった。
純粋に料理を堪能してくれる客は貴重なのである。


「ところでキミ、ここらじゃ見かけない顔よね。どこから来たの?あ、アタシはベイル。この店の隣で鍛冶屋をやってるわ。あっちが妹のロドナで、ここの店主がアザド。ついでにこのオッサンはギオよ」
「俺はオルハと言います。ジブガの方から来ました」
「へぇ、珍しい名前ね。ジブガってあの北のグザオヌ山脈の近くでしょ?ジブガならバガンラのが近いでしょうに」


バガンラは北方に位置するラゴンよりも巨大な都市である。
近頃では何やらきな臭い動きがあるとの噂が囁かれているが、そこそこ栄えているラゴンにおいてもはっきりとした情報は出回っていなかった。

オルハと名乗った少年は「見聞を広めるための旅ですから」と曖昧に答えて言葉を濁す。
ベイルは気にした様子もなく納得していたが、隣に座っているギオは眠たげにも見えるタレ目でそんなオルハを観察していた。

このガキには何かある、というのがギオの勘である。
だがそれをそのまま問い質したところで素直に答えるはずもないだろう。
オルハもまた、非友好的を通り越して敵愾心満載の視線をギオに送っていた。


「ところでオルハくん、これからどうするの?」
「南の方へ行ってみるつもりでしたが、路銀が心もとなくなってきたので暫く働こうかと。ラゴンへ来たのも仕事を探すためです」
「あらそうなの?だったらいい仕事を紹介してあげるわ。ついでに泊まるところも提供してあげる」
「おいベイル、お前まさか…」


ばちんと音がしそうな勢いで片目を瞑ってみせながら自信たっぷりに言うベイルに、ギオは嫌な予感がした。
先の言葉を制そうとするが、一足早くベイルが口を開く。


「コイツと一緒に用心棒をやらない?大体は商隊の護衛だから、稼ぎとしては悪くない方よ。寝床はこの店の倉庫を使っていいわ」
「そこは俺が使ってるだろうが!」
「もう一人寝るくらいの場所、余ってるでしょ?それにアンタは毎晩花街に行ってていないんだからいいじゃない」


ベイルの鍛冶屋とアザドの食堂とは一つの建物を分けて使っている。
二階は居住場所となっており、ベイルの部屋とアザド・ロドナ夫婦の部屋になっていた。
そして地下の倉庫に居候しているのがギオなのである。


「あの倉庫は朝寝用なんだよ。それより俺にガキのお守りさせる気か?」
「やーね、オルハくんにアンタのお守りしてもらうのよ!二人の方が依頼者側も安心するんだから」


本業は鍛冶屋であるが、顔の広さもあってベイルは用心棒の仲介も請け負っていた。
ギオがここに居候している理由もそれである。
報酬の一部を仲介料と家賃・食費として支払ってはいるが、他の仲介屋や宿に比べて幾分安く済むのだ。

多くの商隊は他の街へ行商に赴く際、砂漠を安全に移動する為に護衛を雇う。
常にお抱えの用心棒がいる大店はともかく、その時々で集まる商人達はギオのようなフリーの用心棒を雇うのが一般的であった。


「ギオはこの辺りの砂脈に詳しくてね、結構腕も立つから組んで損はないわよ」


黙したままのオルハに、ベイルは更に勧めた。
元々が面倒見の良いベイルであるが、随分とオルハを気に入った様子である。
二人のやり取りを聞いていたオルハは静かに頷いた。


「紹介していただけるなら働かせて下さい」
「げっ!」
「よーし、決まりね!」


楽しげなベイルとは対照的に、ギオの顔が歪む。
ベイルに対する腰の低さとは裏腹に、相も変わらずギオを見るオルハの目は冷ややかだった。
ギオの何が気に入らないのか分からないが、寝首を掻かれるような事態だけは避けたい。
こんな相手と組むのは危険極まりないと思うものの、一度言い出したら聞かないベイルの性格を知っているだけにギオは黙っている他無かった。

オルハは立ち上がると、両腕を胸の前に掲げて頭を下げつつ礼を述べた。
今となっては神事、祭事の時くらいしか見ることのない旧式の礼である。
どこぞの寺院で育ったのか、はたまた裕福な家の出で躾として身に付いているのか、随分と自然な一連の動作に一同はまじまじとオルハを見つめた。
そんな四人の様子に、オルハは首を傾げている。
ベイルでなくとも気に入りそうな礼儀正しい少年ではあるが、この街の、いやシャングリラ全体でも特異な存在であることは否めなかった。


「オルハくんの歓迎会ってことで、今日はギオの奢りでパーッとやるわよ!」
「おい!何で俺の奢りなんだよ!」


騒がしいギオとベイルに、困ったものだと顔を見合わせるロドナとアザド。
賑やかな四人を横目にオルハは唯一と言ってもよい所持品である布包みを撫でる。
その瞳に映るのは憂いとも悲しみともつかない感情であった。



其は世界の礎
其は混沌の源
其は秩序の犧
其は破滅の燭



言葉に支配された浮島、シャングリラ。
変わらぬ世界の小さな変化。
バベルが見下ろす箱庭に投じられた一石は、やがて大きな波紋を生むだろう。

抗えぬ糸に導かれ、点と点が線を結ぶ。



こうして、二人は出会った。