Wish
「……でさ、どんな感じ? 土砂に埋まってるのって?」
興味本位で数名の男子が転校生を取り囲んでいる。
「やっぱ、暗いの?」
悪気はないのだろうが、常識を逸している。“話せなくなる”位の体験をしているのだ。ドラマやマンガじゃない。それを理解する事よりも、その状況を知りたいという好奇心が先に立つ事が慎太郎には分からない。分かりたくもない。
話せない事は知っているからだろう、ノートとペンを突きつけているのが見えた。
転校生は……。俯いたまま、だ。ピクリとも動かない。……いや、動けないのかも知れない。余りの幼い行動に周りを見回してみるが、誰も止めに入ろうという気配も無い。みんな興味があるのだ。その“生き残り”に。
そんな野次馬達に対し、同級生とは思えず怒りが込み上げてくる。が、ここで説教しても無駄な事は分かっている。でも、転校生をこのままにはしておけない。
ドア付近の人だかり、最後の一人を押し退けて、
「航っ!!」
慎太郎は転校生の名前を呼んだ。
名前に反応して振り向く転校生。
「行くぞっ!!」
顔を振り、こっちへ来い! と合図する。
大きな瞳を見開いたまま、転校生が頷いた。が、誰も動こうとはしない。仕方なしに慎太郎から近づく。
「何、飯島?」
「堀越に用?」
転校生を取り囲んでいた男子達が、邪魔をされて怪訝そうに声をかけてきた。
「お前等こそ、急用?」
と、慎太郎は苛々しながら、長身なのをいい事に上から睨み下ろす。
「急、ちゃ、急?」
「だよな」
動揺し始める男子達。
「俺は、昨日からの約束なんだけど」
と転校生に視線を移し、
「な、航」
あえて、笑顔を見せる。そして、そのまま「はいはい、どいて」と目の前の一人を押し退け、転校生の腕を掴んで席を立たせる。
そこへ、
「石田! 橋本! 中島!」
グッド・タイミング!
「お前等、何してる!?」
木綿花が先生を連れて戻って来た。
「行くぞ、航」
小声で囁き、腕を引き、男子生徒の輪を抜ける。
腕組みで立つ先生。固まる男子生徒。
ウインクする木綿花の横をすり抜け、二人は教室を後にした。
―――――――――――――――
「帰るか?」
廊下の人ごみを抜け、ようやく転校生の腕を離し、小声で聞いてみる。
俯いたまま首を横に振る転校生。震える手で、離された慎太郎の腕を掴んでくる。
「音楽室、行く?」
転校生の顔を覗き込みながら聞くと、震えながら頷いた。
確かに、この状態で帰ろうものなら、祖父母に心配をかけるだけだ。
黙ったまま……慎太郎の腕を掴んだまま……四階の端の教室へと、二人は足を向けた。
掴まれた腕を通して、転校生の震えが伝わってくる。
「保健室の方がよくねー?」
途中、心配になった慎太郎が振り返って聞いてみるが、強く首を振られて諦める。
昨日と違って、音楽室への廊下が随分長い。階段の段数も倍はあるんじゃないか? と思ってしまう程だ。試験前の放課後、しかも、最上階の端の教室に向かう生徒がいる筈もなく、二人の足音だけが踊り場にこだまする。覚束無い足元の転校生に合わせて、ゆっくりと階段を上る。この十段を上れば、四階だ。転校生は相変わらず俯いたまま、唇を噛んでいる。声を出せれば、きっとこんな思いはしなくて済んだのに……。と、思う反面、声を出す事が出来ないから、あの程度の追求で済んだのかもしれない……、とも思う。話せると、“なんで?”“どうして?”の質問攻めに遭うのだ。答えた事に対して、更に上乗せされていくからキリが無い。“事故”の事なんか思い出したくもないに決まってる。だが、質問する側はそんな事には気が付かないのだ。
「着いたぞ」
ドアを開け、俯いたままの転校生を促す。
誰もついて来ていない事を確認しドアを閉めると、転校生は昨日と同じ場所に座っていた。
“何らかのリハビリになれば……と思って”
昨日の音楽教諭の言葉を思い出した慎太郎が、
「ギター、準備室?」
と問い掛けると、転校生が俯いたまま黙って頷く。カバンを音楽室の長机の上に降ろすと、慎太郎はピアノの奥にある“音楽準備室”へ向かった。
ピアノの向こう側の扉を開けると、ギターが三本立てかけてあった。その中から、見覚えのあるひとつを手に取り扉を閉める。
“これで少しでも落ち着けば……”そう思って、取ってきたギターを手渡してみる。
震える手がそっとそれを受け取り、音を確かめる様に爪弾くと、いつの間にか“曲”が始まっていた。
「……これ……」
出そうになった声を慌てて飲み込む。転校生の演奏の邪魔をしたくなかったのだ。
(昨日弾いてた曲じゃん……)
静かで、切なくて、包み込む様なメロディが、音楽室いっぱいに流れる。
ピアノを挟んで背中合わせ。窓枠に手をかけ、ギターの旋律を聴きながら外を見る慎太郎。ギターの優しい音色とメロディが、丁度、今のこの季節と、この夕陽によく合う。いや、何より、弾いている本人に一番合っているのかもしれない。そんな想いが胸をよ過ぎる。
……と、曲が……止まった。
あれ? と振り返ると、
「どう……し……」
叩こうとした肩が震えていた。
見てはいけない。見られたくない筈だ。上げた手を下げ、慎太郎が再び窓の方へと向き直る。二人きりの教室に、声の無い嗚咽が響く。
ここでギターを弾きながら、いつも泣いていたのだろうか? 心の奥で、ずっと……?
それって、辛くないか?
沈みかけた夕陽を見ながら、慎太郎は思うのだった。
―――――――――――――――
やがて、落ち着いた転校生が席を立ち、準備室にギターを片付けに行った。その物音で、ホッとして振り返る慎太郎。片付け終わり閉じられた扉の前、転校生がペコリと頭を下げた。
「気にすんなよ。第一、俺は何にもしてないし……」
慎太郎のその言葉に、ブンブンと首を振る転校生。ツカツカと黒板の前に行くと、チョークを手に取り書き始めた。
『ずっと、そばにいてくれた』
「窓のとこに立ってただけだよ」
『でも、いてくれた』
「ま、そうだけどさ」
沈みそうな夕陽を指差し、
「そろそろ帰るか?」
転校生に聞いてみる。笑って頷く転校生。
「そうだ、堀越!」
声を掛けた途端、またもや転校生が首を振る。
「なんだよ?」
『さっき、“航”って』
「あー。あの時は、その方がインパクトあるかなって……」
してやったりの笑顔の慎太郎。
『“航”でいい』
「は?」
と、“で”を消し“が”に変える転校生。その仕草が子供の様で、慎太郎が思わず吹き出す。
「分かった、分かった。“航”ね」
『飯島くん、名前は?』
「何? 俺も名前呼びなの?」
頷く転校生を見て、
「慎太郎だよ」
言いながら、黒板に書いてみせる。慎太郎が書いた字の下に、転校生が並べるように名前を書いた。
『シンタロ』
「カタカナかよ!」
“しかも、伸ばしてないし……”と笑う。
『漢字、面倒くさい』
「じゃ、聞くなよ!」
『“飯島”はもっと面倒くさい』
「“堀越”だって、面倒じゃん!」
『シンタロは、書かないでしょ?』
確かにそうだ。
「……って、“シンタロ”で定着してるじゃん!」
転校生を見るが、その大きな瞳に、