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「う、うん、そう! 高校入ったら、って条件で“約束”があんねん!」
 弾かれたように航が頷く。
「破られへんやん、男同士の約束やで」
「そやかて……」
 と母方の祖母がベッドの上の姉を見る。
「姉ちゃんには猪口さんが居てはるやん。な?」
「……自分で決めたんか?」
 問い掛けに頷く航に、姉が微笑む。
「大人になったんやなぁ……」
「帆波?」
「ええのんか?」
 驚いた様な母方の祖父母に、やっぱり姉が微笑む。
「航が“自分で決めた”て言うんやったら、うちはそれでええと思うえ」
 そして、顔を父方の祖父母に向ける。
「ねぇ、“堀越”のお祖父ちゃん、お祖母ちゃん」
 姉の言葉に父方の祖父母が嬉しそうに微笑み返す。
 しょんぼりと項垂れる母方の祖父母を見て、航が小さく笑みを浮かべて囁くように話し出す。
「京都が嫌いなんとちゃうねん」
 “勘違いせんといてな。”とニッコリ。
「祖父ちゃんも祖母ちゃんも姉ちゃんも“大事”やし“大好き”や。でも、おんなじ位“大事”なもんを“堀越”の家で見つけたから、出来たばっかりの“大事”ともうちょっと一緒に居(お)りたいねん」
 笑って言う航の頭に慎太郎がポンと手を乗せた。
「航の勝ちやな、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん」
 姉が母方の祖父母に囁き、二人が笑顔で頷いた。


 一週間後、新学期が始まり、慎太郎は片腕を吊ったままの登校となった。
「ま、来週には取れるから」
 言い切る慎太郎に、自転車を押しながらの木綿花が驚く。
「予定より一週間早くない?」
「若いからな、回復も早いんだよ」
 偉そうに言い切る慎太郎に“年齢は一緒でしょーよ!”と木綿花が笑い飛ばす。
「航くんは、結局、こっちで進学するんだ」
「うん」
 三人並んで談笑する脇で何人もの生徒が新学期最初の挨拶を交わしている。
「木綿花! おはようっ!」
 一人の女生徒が自転車のブレーキを掛けながら挨拶し、木綿花が自転車に跨った。どうやら一緒に行く友人らしい。
「じゃ、先行くね!」
 相変わらず忙しい少女だ。
 自転車の二人に手を振り、男二人で歩き出す。
「あ!」
 慎太郎が思い出した様にポケットから何やら取り出した。
「何、それ?」
 ガーゼの様な小さな布の切れ端に、『ごめんね』。
「入院初日の“これ”……」
 と、腕を吊っている布を指差す慎太郎。
「……の切れ端」
 言いながら、航の目の前に持ってくる。
「……あ!……」
「お前の字じゃん」
「なんで持ってんの?」
「看護師さんが“記念”にって……」
 何の記念なんだか……。慎太郎がクスクス笑いながら、それをポケットにしまう。
「捨てへんの?」
「なんでよ? “記念”じゃん」
「なんの?」
「さぁ?」
 二人でクスクス笑い合う。
「あー、学校着いたら、質問攻めだな」
 自分の腕を見ながら、慎太郎が溜息をつく。
「一躍、人気者やん」
 笑う航に、
「お前もじゃん」
 覚悟しとけよ。と慎太郎が笑い返す。
「なんで?」
「喋ってる!」
 慎太郎に指をさされて、航が両手の人差し指で×を作って口に当てる。
「……黙っとく……」
 無理無理! と動く方の手をパタパタと動かす慎太郎。
 あの数日間のハイテンションはともかく、少なくとも“無口”では無い事は既に分かっている。
「なんなら、俺の代わりに説明してくれよ」
「ええの?」
 いたずらそうにニッと笑う航。その笑顔に、慎太郎がゲッ! と気付く。
「ある事ない事言うつもりだな!?」
 そんな事……と首を振り、
「ない事ない事言うから。もー、感動の物語にしたるから!」
 任せといて! と航が胸を張る。
「“事故”を“創作物語”にするなよ!」
 ゲラゲラと笑いながら、二人は新学期の校門をくぐった。


 新学期の校内、擦れ違うクラスメートが慎太郎の腕を見るなり二人を取り囲んだ。
「事故っただけだよ!」
 下駄箱の前で片手で面倒くさそうに上履きを履きながら慎太郎が答える。
「詳しくは、木綿花から聞いてくれ!」
「なんで“伊倉”なんだよ!?」
「現場に出くわしてっから、あいつ」
 その言葉に、周りから冷やかしの声が飛ぶ。
「っせーな! こいつも一緒!!」
 親指で、隣で上履きに履き替え終わったばかりの航を指差す。
「三人一緒?」
 慎太郎では埒があかないとみて、一人が航に質問をふる。その問い掛けに、首を振って、自分と慎太郎を指す航。三人一緒だと知れたら、それはそれでからかわれる。それは、航としても避けたいところだ。
「二人が一緒?」
 航が頷く。
「そこに伊倉が通りかかった? って事?」
 航がウンウンと頷き、親指を立てる。
「おーっ!! 堀越の手話がわかったよ、俺!!」
 とはしゃぐ一人に、
「ばーか、手話じゃねーよ」「ゼスチャーじゃん!!」
 と周りが突っ込む。「うるせぇな」と笑いながら、
「で、何がどうなった訳?」
 と、質問を続けるが、
「事故で倒れた俺が、知るわけ無いだろ!」
 腕を指しながら言う慎太郎の言葉に納得する。
「って、堀越に聞いても筆談じゃ時間かかるしなー」
 その言葉に、航がニッコリ微笑み返した。
 そして、みんな揃って教室へと階段を上がる。
「木綿花は?」
「伊倉は、始業式の準備で生徒会のメンツと一緒に体育館」
「あ、そうか」
「俺等も、出欠取ったらすぐに行くみたいよ」
 面倒だよなー。と笑いながら教室のドアを開け、順に中へ入って行く。
「航」
 先に入ろうとした航の肩を人差し指で突付いて、
「惚け通したな、お前」
 慎太郎が呆れた様に言い放った。
「面倒やもん」
 小さな声で囁き、ニッ! とピースを出しそそくさと席に着く航。それを見て、やれやれと溜息をつき、航の後ろの席にと歩く慎太郎だった。
  ―――――――――――――――
 やがて、担任が教室に入ってきた。
「出席をとってから、廊下に整列。そのまま体育館へ移動だ」
 久し振りの出席取りに緊張するのか、咳払いを一つ。女子の出席を取り始める。
「青山……飯田……伊倉……」
『ユウカちゃん、いつの間にか戻ってる!』
 航からのメモに慎太郎がクスリと笑う。
「忍者みてぇ」
『どっちかって言うと、“女スパイ”』
「……相田……飯島……」
「はい!」
 出席に返事を返しつつ、
「上手いね、お前」
 慎太郎が笑う。
『似合うと思わへん?』
「思う! 思う!」
 ケケケッ! と笑う慎太郎と航の向こうから、出席を取り続ける担任の声……。
「……堀越……」
 いつもは手を上げて対応するのだが、笑っている二人は気付かない。
「……欠席か? ……堀越!」
 担任の声のトーンが少し上がって、
「はい!」
 航、思わず、発声。
「……あ……しもた……」
 慌てて口を塞ぐが、時、既に遅し。教室内にざわめきが充満する。
「堀越!?」「喋った!」「今のって」「堀越くんの声!?」
 担任は祖父母からの連絡を受けていて知っていた様だ。教壇でニコニコと笑っている。
「ほーら! まだ、終わってないぞ!! ……三上……望木……」
 出席を続ける担任の声を聞きながら、
「やってしもた……」
 慎太郎の方を見て、航がペロリと舌を出す。
「だから“無理”だって言ったじゃん」
作品名:Wish 作家名:竹本 緒