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血なんて不味いではないか!

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 みむの開きかけた口を、掛川さんは手で無理矢理に押さえてくれた。苦しそうに呻いている少女、という絵柄は最悪なのだけど、一番よい手立てではないだろうか。
「それ以上やると可哀想だから、手を外してやって掛川さん!」
「む、クルックスさんに言われたら仕方ないわね」
 掛川さんが手を離せば、みむは苦しそうにけほけほと咳き込んでいた。よっぽどの力で押さえられていたのだろう、自分消滅の危機だったとはいえ、なんだか可哀想である。
「……ところで白髪さん」
「不名誉な名前で呼ばないでくれるか。私の名前はアリオンドルト・フェイエノールトだ」
「アリオンドルト・ポリフェノール。ね」
「わざと間違っただろう!」
 首を傾げながら名前を盛大に間違えてくれたので、語尾を荒げれば、彼女は口元を押さえながら面白そうに笑っていた。覚えにくい、とか言いにくい、という突っ込みならなれているのだが、ここまで斬新に勘違いされたのも初めてである。
「まぁ……とりあえずアナタのお陰で、みむがダンピールだと証明出来たからお礼を言っとくわね」
 しかもフェイエノールト家の末裔だったなんて! と掛川さんは上機嫌そうに言葉を続けていた。……今、凄く気になる事を言われたのは気の所為だろうか?
「どういう事だ、鳩。……私にわかりやすく、迅速に説明しろ」
「えーっと……、怒らない?」
 クルクックスの方を振り返れば、目線を明後日の方に向いて、頬を指で掻いていた。こっちを向かないという事は、少しは後ろめたさがあるのだろうか。
「大丈夫だぞ? もう怒らないから」
 腸が煮えくり返る程に怒っているのだから、それ以上は不可能なのである。元から頭にきやすい性格だと自負していているし、クルクックス自体もその事を知っているのだから問題はないだろう。
「ほら、アリオンは血を吸えないじゃん」
「それがどうして、この結果に繋がるのか?」
「吸血鬼ハンター協会の方で『血の吸えない吸血鬼は迫害の対象から除外する』って話になったらしくて、……今日はその対象かどうかを調べるテストだったんだって!」
 投げやりになっているのがありありと解る声音で叫ばれた。よく言えば私の身の安全を保証してくれたという事、悪く言えば無許可で人体実験をされた事になる。
「そんな事、初耳だぞ?」
「言ったら駄目だって掛川さんに、」
「クルックスさんを責めないで頂戴! 私が無理に頼み込んだのだから」
 掛川さんは私とクルックスの間に、滑り込むように手を差し出してきた。本来は吸血鬼を迫害する種族なのだから、私達の喧嘩を仲裁する必要性などないだろうに、変わった人である。
「……じゃあ、掛川さんとクルックスがしてた携帯の取り合いの件は全部が演技、って事だな?」
「騙す気なんてなかったんだってアリオン!」
「嘘だ嘘だ。もう貴様なんざ信じないぞ」
 ふい、とそっぽを向いてやれば、目と鼻の先にみむがいた。
「あーちゃん、だめだよ!」
 座っている私の頬を思い切りつねられて、皮膚がひりひり悲鳴をあげている。仕返しに髪を無造作にかき乱してやれば、ひゃっと声あげて手を離してくれた。
「はとさんと仲直りしないと、おみやげあげないからね!」
「お願いだから、鳩って言わないで……」
 体育座りをしていたクルックスが、起き上がったかと思えば寂しそうに呟いていた。怒鳴ったのは可哀想だっただろうか、と思ったものの最初は彼が悪いのだし、別に構わないか。
「レバーアイス、あげないからね!」
「なん…………だと」
(なんだその美味そうな食べ物は!)
 脳内でそう叫んだのが聞こえたかのように、掛川さんが、目の前にビニール袋を置いた。
「これがレバーなアイスよ。クルックスさんが『アリオンはレバー好きなんだって』って言われたから吸血鬼ハンター協会が全力を掛けて発明したのよ」
「クルックスが?」
「そうそう。騙すのが可哀想だから、サプライズしてやろうって。言ってたのよ」
 食欲をそそる臓物の香りが鼻腔一杯に広がって、無意識に袋へと手を伸ばせば、みむに袋を取られてしまった。
「はとさんに、あやまらないと、ダメなの!」
「だから鳩ってやめてって……。あぁ、もう別に構わないや」
 未だにクルックスは沈んでいた。癪に触るけれど、謝りさえすれば目の前の獲物を食べる事が出来るのだし、謝ってやる事にした。
「……ほら、その、言い過ぎた。私を思って、やってくれたのだろう?」
「ありがとう、アリオン。これからもルームシェアしよう!」
 しょぼくれていた姿はどこへやら、頬に涙の筋を作りながら手を握られ、高速で上下に揺らされた。いつもなら腕が痛いとか苦情を言うのだけど、今日位は赦してやろう。
「全く仕方ないな。……あ、みむ。そのアイスくれるか?」
「アリオンの馬鹿ぁあああ! 今はいい所だったのに、」
「アイス、どうぞ。あーちゃん」
 渡されたアイスを口に含めば、新鮮な肝臓の味がした。中々の美味である、頬が落ちるとはこの事をいうのであったか。
「あ、クルックスも食べるか?」
「もう俺の事なんて、気にしなくていいってアリオン……」
 どうして悲しそうにしているのか理解できないままに、アイスの最後のヒトカケラを口へ含んだ。