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フジイナオキ
フジイナオキ
novelistID. 20353
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猫と二人- two persons with cat -

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 結局残業をしてしまったので、美樹田が仕事を終えて駐車場に出
てきた時には、既に辺りは暗闇に包まれていた。車に乗り込む前に、
ボンネットを眺める。丁度一ヶ月前に、ここで猫が横たわっていた。
家に連れ帰った後、猫の手当をし、車に付いた血を雑巾で丹念に洗
った。ほんの一ヶ月前の事だ、よく覚えている。
 美樹田はトップカウルに触れる。拭き残したのだろうか、まだ猫
の毛が付いている。そうか。一ヶ月前か。美樹田は車にゆっくりと
乗り込み、キーを回した。
 帰宅途中、美樹田はコンビニで夕食用の握り飯を買った。家に着
いてから着替えもそこそこに、PCで調べ事をしながら買った握り
飯を食べる。調べているのは、今朝梨本から聞いて、休憩中でも携
帯電話で調べていた、近辺で起こっている動物の惨殺事件だ。
 昼間、携帯電話で調べた時も、思いのほか簡単に事件の事が出て
きたが、PCで調べると、より詳しい情報が表示される。元々、こ
の近辺で起きている動物の惨殺事件そのものは、去年から繰り返さ
れていた事らしく、犯人は複数、単独、模倣、色々な可能性がネッ
トでは噂されていた。
 美樹田は事件に興味がある訳ではない。ましてや事件を解決して
やろうなどとは露ほども思っていない。そんなものは警察が勝手に
捜査をして、市民の知らない所で、ひっそりと解決すれば良いとさ
え思う。
 美樹田が事件を調べているのは、偏に目星を付ける為だった。当
てもなく探し回るのは効率的ではない。見当違いかもしれないが、
元々目星などは何処にもないのだ。それなら、動物を比較的見つけ
やすい場所で犯行を重ねている者を参考にすればよい。
 幸い、事件が起きた場所は、全て美樹田の記憶にある場所だった。
中には職場の僅か数キロメートルしか離れていない場所もあったの
で、そこを最後として、美樹田は事件があった場所を三四つ記憶し
て、車を出した。
 一つめ。二つめ。三つめ。どの場所にも猫はいなかった。正確に
いえば猫はいたのだが、白い靴下を履いたような柄の猫はいなかっ
た。あまり期待はしていなかったが、ほんの少し、加糖練乳程度の
甘い希望を抱いていたのだが、現実は、大体がこのような肩透かし
だ。
 さて、どうしたものか。今日はこれくらいにして、もう帰ろうか。
 三つめの現場である団地の敷地内にある公園で、美樹田は少し休
憩を取る事にした。ベンチに座り、煙草に火を点け、ゆっくりと吸
う。ジャケットの袖から夜風が入って背中にまわる。
 冷たい。
 美樹田の家の出窓は、未だに開いたままだ。今日も家を出る時に
気になったが、そのままにしておいた。もしかしたら帰ってくるか
もしれない。
 そんな甘い考えを、美樹田は煙と共に外気へと逃がす。プラスの、
楽観的予想だけをしていてはいけない。いつからか、美樹田は悲観
的予想を常に念頭に置くようになった。
 いつからだろう、悲観的な予想で行動を制限するようになったの
は。
 何かを忘れている。以前にも、今のように何かを捜し、そして途
方に暮れた事がある。何だったか、何を探していたのだろう……。
「ああ、そうか……」
 思い出したのと同時に言葉が漏れた。周りに人はいない。自分の
声だ。
 美樹田は以前、今と同じように猫を探した事があった。実家の猫
が、突然家から居なくなり、今回のように何日も帰ってこなかった
のだ。確か、母に頼まれたのだ。事故にでも遭っていたらいけない、
と母は息子に捜索を命じ、思春期の息子は、面倒臭がりながらも近
所を探し回った。
 そうだ。中学生の頃の記憶だ。あの時も、今のように公園のベン
チで休憩をした。煙草は吸わなかったが、変わりに自動販売機で買
ったお茶を飲んでいた。
 その後どうしたのだろう……。
 思い出した。猫は見付からなかったのだ。何処にも居なかった。
いつまでも帰ってはこなかった。父は「猫は死ぬ姿を人に見せない
から、寿命が近づくと、フラリとどこかへ居なくなる。ただ、猫は
土地に住み着く。もし生きているのなら、何事もなかったように帰
ってくる事もあるかもしれないな」と、中学生の美樹田に話して聞
かせた。多分、慰められたのかもしれない。 
 そこから先、美樹田の記憶の日常に、猫の姿は無い。やはり、猫
は帰ってこなかったのだ。
 自らの記憶を探る美樹田を、携帯電話のバイブレーションが無理
やり現実に引き戻す。携帯電話を開く。葉月からだ。
「もしもし、賢二君? 今どこにいるの?」
「えっと……」美樹田はゆっくりと周りの景色を観察する。公園の
オレンジ色の街灯と、白い光を漏らす自動販売機以外、公園には美
樹田一人しか居ない。「ちょっと公園に、散歩……、かな」
「かな、って何? 賢二君の家に行っても居ないから、どうしたの
かと思っちゃったじゃない」
「あ、ごめん。いやまあ、何となくね。それよりどうしたの? 葉
月さん、今日は来ないんじゃなかったっけ?」
「うん、そのつもりだったんだけど、思ったより早くに終わったか
ら、ちょっと寄ってみただけ。それより、まさか恋人が家に来ない
事を良い事に、浮気とかしてるんじゃないでしょうね?」
「してないよ」
「うわ、即答。な〜んか怪しいなぁ」
「何言ってるの?」美樹田は声のトーンが低くなる。
「あれ? 怒った? 嘘うそ、ごめん、冗談。怒らないで」
「別に怒ってないよ」
「ごめんねぇ。ちょっと悪ふざけが過ぎました」
「うん、まあ、気にしてないよ」
「そうそう、それよりさ、何で連絡くれなかったの? 仕事中だか
ら気を遣ってくれたのかもしれないけど、メールくらいなら送って
くれても良かったんじゃない?」
「えっと、葉月さんからのメールの返信なら、昼にしたよ」
「そうじゃなくて」
「えっと、何だろう、どうにも話が噛み合ってないな。今、葉月さ
んは何処にいるの?」
「賢二君の家だよ。さっき言ったじゃない」
「うん、そうだよね。という事は……」
「え? もしかして知らないの?」
「何が?」
「あの子、戻ってきてるよ」
「あの子? 猫の事?」
「そうだよ。今は枕の上で寝てる。賢二君が見つけてきたんじゃな
いの? もしもし?」
 美樹田は葉月の言葉を聞いて、またしても吹き出してしまった。
今日は吹き出す事が多い。自分の過去と照らし合わせた悲観的イメ
ージも、様々な可能性、予想も、全て吹き飛んでしまった。誰だ、
事件に巻き込まれているかもしれない、などと考えた奴は。
「もしも〜し! 何笑ってんのぉ! 聞こえてますかぁ!」僅かに
離した携帯電話から葉月の声が聞こえる。
「ああ、ごめん。ちょっと可笑しくってさ。うん、しっかり聞こえ
てるよ」
「どうしたの、いきなり?」
「まあ色々と。えっと、葉月さんはこの後の時間、大丈夫?」
「そうねぇ、明日も仕事だけど、うん、二時間くらいなら大丈夫。
けど何で?」
「二時間くらいね、うん、分かった。じゃあ、これからすぐ帰るか
ら、家で待っていてくれるかな」
「うわ! 何? 賢二君がそんな事言うなんて、珍しい! もしか
してもう初雪かしら」葉月の声には笑い声が混じっている。
「うん、まあ、少しだけ気分が良いからね。ていうか葉月さん、結