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フジイナオキ
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novelistID. 20353
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猫と二人- two persons with cat -

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 猫が美樹田の家を抜け出してから、既に四日が経っていた。未だ
に美樹田の寝室の出窓は開けっ放しのままだ。防犯上あまりよくな
いのかもしれないが、美樹田にしてみれば、家の中には盗られて困
るものなど置いていないので、特に問題はなかった。葉月は、あの
日から三日間、毎日欠かさず美樹田の家を訪れていた。口では「や
っぱり野良ちゃんは野良が一番良いのかな」などと言ってはいるが、
明らかにその言葉には白々しさがあり、表情はどこか寂しそうだっ
た。
 一ヶ月。たった一ヶ月の間しか猫は美樹田の家にいなかったが、
それでも容易く人の心に入ってくる。いつか感じた事があるような
感覚。いつだったか、今と似たような感覚をした事がある。胸の辺
りに、もやが掛かったような感覚。
 美樹田は、思い出そうとして、すぐに思考を停めた。今は車を運
転している。あまり深く考えると、事故の原因になる。
 赤信号。
 外の空気は、今朝、起きた時と同じで、少しだけ冷たい。
 これだから、猫はあまり好きになれない。
  職場の更衣室。美樹田は自分の荷物をロッカーに入れると、い
つものように作業着に着替える。常日頃から、ある程度余裕を持っ
て出勤しているので、朝礼まで急いで着替える必要はないのだが、
ここ数日は何だか手持ち無沙汰で、早めに着替えている美樹田だっ
た。
「おはようございます、美樹田先輩」
 今年の中頃に中途で入った後輩の梨本が挨拶をする。年齢は二十
歳になったばかりで、驚くべき事に、妻帯者だという。出勤時の身
なりは、今時という表現がよく似合う男だが、意外と礼儀正しい部
分があったりして、美樹田には比較的懐いている。何より、班が同
じという事は大きい。基本的に班単位で動く職場なので、必然的に
班員同士の交流は深まる。
「おはよう。どうしたの? 今日は早いね」美樹田は表情を変えず
に言った。
「いやあ、俺だってたまには早く来ますよ」梨本はロッカーに荷物
を入れながら笑う。「あれ? どうかしたんですか先輩? 何かテン
ション低いですけど、彼女さんと喧嘩でもしたんスか?」
「いや、別に喧嘩もしてないし、普段通りだよ。それに僕、朝はあ
んまり強くなくてね」
 「ああ、低血圧なんスね」と梨本は話しながら着替えだした。「そ
れより先輩、この前棚橋さんの事聞いたじゃないですか? その時
は何だろうって思ったんスけど、昨日、俺も棚橋さんの話聞きまし
たよ。逮捕されたって噂なんスよね、あの人」
「ああ、その事ね。うん、そういう噂だね。けど、噂とはいえ、あ
んまりそういう話を大声でしない方が良いよ。気を付けないと、菅
田さんみたいになってしまうよ?」
「それはマジでゴメンだなぁ」梨本は笑う。何故か美樹田のいる班
は、良く笑う人間が集まる。「それで、そうそう、棚橋さんの話なん
スけど、どうやら昨日別の班の奴から聞いた話だと、あの噂って、
完っ全なデマらしいですよ」
「デマ? へえ、そうなんだ」
「何か、そいつ棚橋さんと同じ班だったんですけど、何でも地方に
引っ越すから、その関係で辞めたらしいんスよね。逮捕なんて真っ
赤なデマ」
「ふうん。そうなんだ」
 美樹田は棚橋とは一度しか話していない。正直、逮捕と聞いた時
にはピンと来なかったが、今の梨本の話を聞いて納得がいった。恐
らく、マイハウスを購入したのだろう。それならば、息子が猫を飼
いたい、という話もしっくりくる。新居の話だったのだ。
「じゃあ、動物を殺しまわっていた人が逮捕されたの、あれもデ
マ?」美樹田は着替えの手を止め、梨本に顔を向ける。
「いやいや、あれはちゃんと逮捕されましたよ。この前テレビでや
ってたじゃないッスか」
「そうなんだ。僕、あまりテレビ見ないから知らなかったよ」
 正確には、「テレビは全く見ない」になるのだが、面倒なので濁し
た。梨本は「さすが美樹田さん」と笑うと、思い出したように着替
えの手を止め、美樹田に人差し指を向ける。
「あ、でも、捕まったのはあくまで一人ですよ。別に、解決してい
る訳じゃないッスからね、あれ」
「どういう事?」美樹田の中で何かが引っ掛かった。
「いえ、ですからぁ、この前捕まったのは九州の方でやってた奴で、
この辺でやっている奴はまだ捕まってないんスよ。昨日もやられて
たらしいし」
「へえ……。梨本君は、見たの?」
「犯人っスか? やだなぁ、見てないですよ」
「いや、やられた猫の方」
「ああ、やられた方ですか? いえ、見てないっスね。昨日の夜、
嫁が騒いでたんで、それで聞いたんですよ。何でも、嫁がいうには、
バラバラにされてたって」
「そう……。うん、ありがとう」
 梨本とは、もうその日は話す機会がなかった。美樹田は仕事中あ
まり私語をいわず淡々と仕事をするので、仕事中に話す事はなく、
休憩時間は、梨本は菅田と話していた。特に二人の会話に参加する
気にはならないので、美樹田は自分の携帯で、今朝梨本から聞いた
話を調べていた。途中、葉月から何通かメールが届いたので、その
返信もする。葉月は、今日は残業があるので、美樹田の家には来ら
れないという。返信のメールを送信すると、携帯を畳んで、仕事が
終わった後の動きを考える。今日発売の雑誌はないか、家には読み
掛けの本はないか、葉月が来られなくなったというのならば食事は
どうするか、美樹田は自分の行動を分析する。幸い、本に関しては
大した問題がない。夕食は、コンビニで握り飯でも買って食べれば
よいだろう。