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バールのようなもの
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novelistID. 4983
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その商店街にまつわる小品集

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六.絵葉書売りの屋台


その商店街に来て最初の夏のことだった。
汗を拭きながら通りを歩いていると、夏休み中の子供たちが手に何かを持って走ってきた。
真横を通り過ぎるときに盗み見る。それは風景が描かれた絵葉書だった。

子供たちが来たほうを向くと、陽炎越しにリヤカーに乗った屋台が見えた。
近づいて見ると、屋台の側面には絵葉書が鱗のようにびっしりと並んでいた。
屋台はすだれで囲まれていて、絵葉書はその上に一枚一枚、小さな木製の洗濯ばさみで留めてある。
風が吹くたびに葉書がめくれてパタパタと鳴った。
「やあ、こんにちは」
四角い顔をした中年の男性が、にこやかな顔で手を上げた。
首から下げたタオルで汗を拭った。その先から汗が噴き出している。
「毎日こう暑いと参るね」
そうですね、と僕は気の利かない返事をした。
そのままなんとなく世間話をしていると、彼は屋台を始めたいきさつを話してくれた。
「もともと旅行が好きだったんだよ。でも段々、旅先で絵葉書を買うのが趣味になっちゃって。会社勤めをしてた頃ね」
今、屋台に貼ってあるのはコレクションのほんの一部で、まだ段ボール二箱分の在庫があるという。
それでも大分売り歩いたというから、最初はもっと沢山あったのだろう。
「でも僕は買うと満足してしまうタチで、引き出しや本棚にしまっちゃうとそれっきりでね。あまり見返したりしなかったんだ」
ジーーーー、と蝉の声が遠くに聞こえる。
彼は飛行機雲を目で追いながら続けた。
「尾瀬の湿原とか、鎌倉の大仏とか……そういうのを引き出しにしまっておくだけで、景色ごと自分のものになったような気がしたんだなあ。おかしな話だけどね」
何となく分かる気がしますと言うと、彼は「そうかい」と破顔した。
そんな大事なコレクションを、なぜ手放す気になったのだろう。
「僕は独り身でね、この歳だと明日どうなるかも分からない。もし死んだら、こいつらもみんな焼かれてしまうんだなあ、と考えたら空しくなってね。どうせ見返さないなら、他の誰かに持っていてもらった方がいいな、と思ったわけ」
その考え方は清々しくていいな、と思った。何も持たず、その身ひとつで生きていけたなら。
しかし一方ではとても寂しいような気もした。
「よかったら君もどう?一枚50円だよ」
そう言われて、改めて絵葉書の壁を眺める。
彼が旅をしてきた沢山の景色の中に、目に飛び込んできた一枚があった。
「ああ、それかい?それは僕が撮ったんだよ。カメラも趣味でやってたから」
それは、僕の故郷の風景だった。

結局その一枚を買うことにした。男性に別れを告げて立ち去る。

絵葉書をシャツの胸ポケットに入れる。なんだかそこだけチクチクするような、少しこそばゆい感じがした。