夢見る明日より 確かないまを
5 君まつ時間に
1
「あの・・・これ、受け取ってもらえませんか。生徒会での活動とか、ずっと見てて・・・すごく、すてきな人だなって思って・・・」
呼び出しを受けて、こういったことを言われるのは初めてじゃない。
「・・・悪いけど」
でも、毎回返事は同じ。
「・・そう、ですよね。すみません。突然呼び出して」
「いや・・・」
孝志に背中を向けて、とぼとぼと歩き去った。
手には、孝志に渡そうと思っていただろうチョコレートの包み。
世間は、バレンタインデー。
1年生からの呼び出しに応えていると、一日があっという間に過ぎた。
「去年はこんなことなかったのにな・・・」
「孝志は後輩からモテるタイプやからなー」
隣でしたり顔で頷くのは、大阪弁の幼馴染。
クラスが違うのに孝志の教室に入り込んで、当然のように前の席を占拠している。
「んで、あと何件あるん?」
「2件。なんか断るのって申し訳ないから嫌なんだけどな・・」
「そやったら、そんな一方的な呼び出し無視したったらええやんか」
「そういうわけにも・・・」
「っていう非情になりきれんところが、ええんやろうなあ」
「・・・尚樹はどっちの味方なんだ」
「俺はもちろん孝志の味方やでー。断るの嫌なら受け取ったらええやん。仲良くなれそうやて思ったら、付き合ったってええんやし」
「・・・うーん」
そうしてもいいことは、よくわかっているけど。
「尚樹だって、俺が器用じゃないことくらい知ってるだろ」
好きな人じゃないと、付き合えない。
「それもまた、孝志のええとこなんやけど・・・なあ」
「あ、そろそろ時間だから、行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
また手ぶらで帰ってくることになるっていうのに、出かけていった。
「なんっかなあー・・・・早く司が目を覚ましたらいいんやろうけど」
こんなに律儀に待っててくれる奴なんて、希少やで。
早く、気付いて欲しい。
孝志のためにも。司のためにも。
「チョコが欲しいって・・・なに言ってるんですか」
「お前さあ・・・2月14日に恋人にかける言葉として、それどうなの?もっと他にかける言葉あるだろ。自由登校で学校に来る必要のない俺が、受験の直前にわざわざ学校に来たんだぞ」
「それは、なんていうか・・・ご期待に沿えずすみません」
関係がないから、すっかり忘れてた、と司。
「ほんっとにないわけ?」
「ほんっとにないですね」
「お前なあ・・・。いいよ、もう」
ふだん軽い調子の人が本当に落ち込んでいるとわかると、なんだか申し訳ない気分になってくる。
「行田先輩、すみません。その代わりといってはなんですけど・・・合格祝い、なにがいいですか?」
「まだ合格したわけじゃない」
「そうですけど。大丈夫でしょう?」
「周りのそういう言葉がどれだけプレッシャーになるか、お前ならわかるだろ?」
「でも、あなたはそれを力にする方法もご存知でしょう?」
まったく、ああ言えばこう言うんだから・・・とため息をつかれる。
「合格祝いねえ・・・。ま、それは合格してから考える」
「第一志望に合格だったら、なんでもいいですよ」
「ほんとに何でもいいんだな?」
「いいですよ。値段的にも、先輩の行き着けの店の春ジャケットくらいなら用意がありますよ」
「それは遠慮する。松下一人でジャケット買わせるのとか心配だしな」
「それ、どういう意味ですか」
「言葉通り。デートに中学の指定コート着てくる奴のセンスなんか信用できるか、って意味」
「・・・まったく。あなたこの1年くらいでほんっと失礼になりましたよね」
「お互い様だろ、ばーか」
お前だって昔は俺に向かって失礼な人だなんて言わなかった、と行田。それには司といえども何も言い返すことができなかった。
「ま、とりあえず合格祝いは考えとくな」
「はい、どうぞ何でも好きなものを」
なんとか下手に出て、チョコを用意できなかったミスを回復した。
「なんでも、ねえ・・・」
小さく行田が呟いたことには司は気付かぬまま。
作品名:夢見る明日より 確かないまを 作家名:律姫 -ritsuki-