小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
律姫 -ritsuki-
律姫 -ritsuki-
novelistID. 8669
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

夢見る明日より 確かないまを

INDEX|31ページ/43ページ|

次のページ前のページ
 



「ただいま」
家のドアを開け、柔道着のせいでずっしりと重くなっている鞄を玄関に置く。
「おかえりなさい」
もう夕飯の準備に取り掛かってるだろう母親がリビングから返事を寄越した。
ここまでは、いつものこと。
「おかえりー。お邪魔させてもろてるでー」
リビングから出てきたのは、同じクラスの幼馴染。
「尚樹、きてたのか」
「おふくろさんに呼んでもらったんや」
玄関に置いた鞄を持ち上げて、重いと勝手に文句を言っている。
「これは俺が部屋に持ってったるから、早う手洗ってきて」
勝手知ったる様子で重い鞄を持ったまま2階へと上がっていく。
早く夕飯を食べたいからだろうことは予想がつくので、素直に手を洗って、数十秒だけ夕飯の時間を早めることにした。


「尚樹くん、今はひとりで暮らしてるんでしょう?月に数回お母さんきてくれるとはいえ、大変よね」
尚樹は、母親が持っている東京のマンションに一人で暮らしていて、両親は東京出張のときだけそのマンションに泊まるらしい。なぜ彼がこんな生活をしているのかを知るのは、もうすこし後。
「まあ、気楽でええですけど」
「せめて、新しいお家がもっと近いところなら、ご飯は毎日うちに食べにきなさいって言えるんだけど」
さすがに電車で1時間かかる距離では、そういうわけにもいかない。
「遠いんだからご飯たべに来たときくらいは、うちに泊まっていきなさいね。お布団はあるんだし、お風呂もちゃんとあるんだから。どうせ一人だと浴槽にお湯張らないんでしょ?」
母にとっては尚樹はもはや息子みたいなものだとはいえ、実の息子たちよりも尚樹にあれやこれやと世話をやくのが好きである。
それにはもちろん理由があって・・・
「おばさんのご飯いつもめっちゃ美味しいから、ほんま毎日でも食べたいですわー。お風呂とかもいつもキレイでええ匂いするし、布団もいつもふっかふかでめっちゃ気持ちええ」
世辞で言ってるなら大したものだと思うのだが・・・なんと尚樹曰く、全部本音だそうだ。
「あらー。そうやって言ってもらえると嬉しいわ」
そして、父親と息子二人はなんとなく居た堪れない空気のなか、尚樹と母親だけが談笑するという構図もいつものこと。



「孝志、はいこれ。運んでね」
和室にどんと置かれていた布団を運ぶのは自分の役目である。
「尚樹くんのためにお布団干したからふっかふかよ」
「うん」
尚樹のように気の利いた言葉を返すこともせず、一人分の布団を2階の自分の部屋まで持ち帰る。

「お、その布団めっちゃふかふかやんー」
これまた勝手知ったる様子で自分で敷きながら、もふっと布団に埋まっている。
「尚樹のこと呼ぼうと思って干したんだって」
「わざわざ申し訳ないなー。でもこのふっかふかは一人では体験できやんからなあ」
「なんでだ?布団干せばいいじゃないか」
「あかんて。布団って午後2時か3時くらいまでには取りこまなあかんから、学校行く日は無理やし、休日に布団干そ思ったら早おきせな」
「そうなのか。大変だな」
「まあ、もうぼちぼち慣れてきたとこやな。今度孝志も遊びに来たらええよ。司も呼んでな」
「・・・ああ」
この答えるまでの微妙な間が、尚樹になにか感づかせたのかもしれない。
「なあ、司となんかあったん?」
「・・・」
何かあったわけではないけれども、別に何もないといってしまえばそれは嘘になる気がして・・・何も言えない。
「何か最近変やろ。急に呼び方変えたり・・今日も一緒に帰ってこなかったし」
「尚樹なら、もう知ってるんじゃないのか?」
友だちが多くて、耳が早い情報通なら、知らないはずはない。
「・・・・」
「だから、俺と司の間に何かあったわけじゃないんだ」
「孝志は、それでええの?」
改めて、そんなことを聞かれるとは思わなかった。
いいのか嫌なのかと聞かれれば、それはもちろん・・・。
でも・・・。
「俺が、口出しすることじゃないから」
「そんなことないやろ!そもそもなんで司と生徒会長が・・・」
司は、あんなに孝志に思いを寄せてたのに。
でも、尚樹がそれを孝志に言うことはできない。
「俺は、司よりは孝志のほうがあの生徒会長に惹かれてるんやと思ってた」
「・・・俺が?」
「司は、あの生徒会長のこと尊敬はしとるんやろけど、そういう意味で好きなようには見えんかったのに」
それは、孝志もすくなからず思っていたこと。
「でも、今付き合ってるっていうのが結果だよ」
「なんか、あったのかもしれんやんか。生徒会長と付き合わなあかんようになってしまった事情とか。なんか弱み握られたとか・・・」
「例えば?」
「・・・・」
もっともらしい答えが浮かばないのか、困り顔。
「そんなこと、するような人じゃないよ」
いつだって公明正大。それが行田秀悟だ。
「でも、なんか俺は幼馴染をあの人にとられたみたいで悔しいんや。孝志と一緒に帰らんようになったのも、よそよそしく苗字で呼んどるのも・・・嫌なんや」
尚樹の言葉を聞きながら、これが正しい幼馴染としての反応なのか、と冷静に思う。
「孝志も、嫌なことは、はっきり嫌やって言わんと!」
「そういわれても・・・。一緒に帰るのやめようって言ったのは俺だし」
「え?・・・孝志が、司にそれ言ったん?」
「だって、付き合ってる人がいるなら一緒に帰りたいだろうし」
「なあ、この際やから聞くけど、孝志は、司のことどう思ってるん?」
「・・・家族と同じくらい大切な、親友」
「じゃ、ついでにもう一つ。孝志の好きな人は誰なん?」
「今は、誰もいない」
「じゃあ、少し前までは?」
「・・・」
何も言わなかったことで、尚樹にはきっとわかってしまっただろう。
「嫌や。なんで生徒会長と司が・・・。ぜったいあかん。俺がなんとかしたる」
「ダメだよ、尚樹」
「なんでなん!?」
「俺の気持ちだけで、司と行田先輩の気持ちを無視することなんかできないだろ」
「・・・・せやけど」
「そう言ってくれるだけでいいんだ。ありがとう」
こうやって孝志が言いたいことを感情のままに代わりに言ってくれることがどんなに救いになっているか。
「もういいんだ。司は親友。ほんとうに今はもうそれでいいんだ」
自分に言い聞かせるように言いながら、もう寝ようと電気を消した。

互いに起きていることがわかっていても、それきり口を開かなかった。