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律姫 -ritsuki-
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novelistID. 8669
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夢見る明日より 確かないまを

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「松下」

孝志の声で、そう呼ぶのを聞くたびに、誰が俺のことをよんでるんだろうと思う。
あれから一週間。めっきり、孝志は俺のことを名前では呼ばなくなった。
学校ではいつだって、松下、と呼びかける。
俺は意地でも孝志のことを岡本、なんて呼ばなかった。

「松下?聞いてるか?」
「聞いてるよ、何?」
イライラする。
松下なんて呼ばれるのにも違和感を覚えるし、孝志が行田先輩の命令を律儀に守ってるのにも腹が立つ。
「何怒ってるんだ?」
「なんでもない。何か用があったんじゃないの?」
「そうだ、今日は部活の奴らと飯食って帰るから、先に帰ってな」
「・・・わかった」
最近、こういうことが多い。
部活の友達とも交流が深まってきた時期、ご飯食べに行く事だってあるし、コンビニでアイスを買って、食べながら駅までの道を歩くとか、そういうことを皆やってる。
幼馴染と一緒に帰るから、と言って部活仲間の中から抜けることはやりづらくなってくる。
それでも司は孝志と一緒に帰る毎日が好きだった。
だから、こんなことを言われるなんて思いもしなかった。
「なあ、俺たち一緒に帰るのをしばらくやめないか?」
「え?」
「俺たちは毎日一緒に来てるわけだし家もすぐだし。帰りくらい、別でもいいんじゃないか?司も部活仲間から寄り道に誘われること多いだろ?」
まさか孝志がこんなことを言い出すなんて。
俺は、孝志といる時間を減らしたくなかったのに。
「・・・そうだね、その方がいいかも」
それでも無理して、笑顔を作る。
「そうだな、じゃあ、また明日の朝」
「うん、じゃあね」


司の笑顔を見て、教室を出た。
司はいつも無理して笑うときに少しだけ、右の頬が高く上がる。
昔から司の作り笑いを見分けられるのは、俺だけだった。

別に部活の友達と約束なんてしてない。
行田先輩と付き合い始めたんだから、先輩と一緒に帰ればいい。
それに、俺といると司には自責の念がつきまとってしまう。
ここ最近、司が俺のせいでいらない責任を感じてることはわかってた。
昔からあの幼馴染は身の回りに起こる悪いこと全てを自分のせいだと思ってしまう傾向がある。

小学校の時、司が学級委員長をしていたときの遠足。
ふざけながら歩いていたクラスメイトの一人が転んで怪我をした。
そのときも司は先生に向かってこういった。
『俺の注意がたりなかったようです、すみません』と。
誰がどうみても司のせいなんかじゃなかった。
あれはふざけながら歩いていたのが悪かった。明らかに自業自得だった。
そして、そう言って謝る司に俺はおろか、担任さえもかける言葉がみつからなかった。
ただ、『司のせいじゃない』って、そう一言だけ言えばよかったのに。

「司のせいやないで!よそ見しながら歩くのは危ないって母ちゃんに教わったやろ!?」

そう言ったのは、尚樹。
それを聞いて、今まで怪我を痛がるばかりで何も言わなかったクラスメイトが言った。
「松下君、俺の方こそ迷惑かけてゴメン」と。
それでやっと、司は安心したような笑顔になった。
「これから気をつけなよ」
そういって、クラスメイトのリュックサックを持ち上げた。
「自分で持てるからいいよ!」
そういうクラスメイトに微笑を向けて、自分のリュックサックを背中に。彼のリュックサックをお腹の側に背負ってた。

「司、二人分は重いやろ?あそこまで歩いたら俺が交代したるで」
「ありがと、じゃあお願いしようかな」

また、俺は何もいえなかった。
尚樹みたいにすぐに気を回せる性格だったら、どんなに良かっただろうと思う。

「ねえ、孝志も手伝ってくれる?」

そう思ってることまで見抜かれてるのか、司は俺に気を使ってくれる。
自分が情けなくて仕方がなかった。

そして、それは今でも何もかわってない。

司は俺なんかには勿体ない存在だ。
司はもっと、自分のためになる人間と一緒にいないとダメなんだ。

司が行田先輩を選んだのは、最良の選択だと思う。
俺なんかといつも一緒にいちゃいけない。
俺なんかと一緒にいるから、俺に起こる嫌がらせでさえ自分のせいだと思い込んでしまう。

司と一緒にいる資格があるのは、司に負けない才能をもった存在。
司と一緒にいても誰にも文句を言わせないような人。

それはもう、行田先輩しかいなかった。

だから、これで、良かった。
・・・良かったんだ。

そう思わないと、やってられなかった。