書評集
安部公房「デンドロカカリヤ」
この小説で、主要な登場人物である「コモン君」は、植物になる病気にかかっているものとされている。そして彼は、実際その病気の発作によって顔が裏返り植物になってしまい、珍種の「デンドロカカリヤ」として植物園に収容されてしまうのである。
この小説が暴き立てているのは、「人間性」というものが、固定したものでもかけがえのないものでもなく、流動的で代替的であることだ。「精神と物質の区別」というものが流動的であいまいなものだといってもいい。コモン君は極めて人間的に仕事をし恋愛をし、植物になることすらギリシア神話に礎を求めて「人間性」の枠の中で理解しようとする。一方で、植物園の所長は、コモン君を初めから植物と決めてかかり、コモン君の「人間性」などどうでもいいといった科学的で唯物的な見方をしているのだ。
この小説がなしていることは、自然科学と精神科学の相克、つまり、人間を物質的に見る見方と人間に特別な精神的価値を付与する見方との相克を端的に示すことではない。それよりも、自然科学の見方も精神科学の見方も、どちらも固定したものではなく、流動的・代替的であり、どちらを特権視することもできない、という態度不決定にさらされざるを得ない人間存在の在り方を示すことであろう。