聖霊学園
第1章~学園の仲間
此処は聖霊学園寄宿舎の大広間。16階分の吹き抜けの上には、巨大シャンデリアが輝いている。二人の男子生徒が、直径120mのこの広間を横切ろうと歩いていた。
「剛志(ツヨシ)、瑠璃そろそろ帰ってくるかな?」
佐風幸博(サフウサチヒロ)――二つ名“聖風(セイフウ)の幸博”が、横を歩く男子生徒に話しかける。
「あぁ。多分な。にしても…“聖影(セイエイ)の瑠花”だっけか。瑠璃の従妹が虐められるなんてな」
雷雅剛志(ライガツヨシ)がふと前を見ると、空中に波紋のような物が浮かび上がる。そこから紺のセーラー服を来た、瑠璃色の髪の少女が現れた。
「よ、っと。此処は…大広間か。医務室はあっちだな」
「よぉ瑠璃」
「久しぶりだね瑠璃」
「おう!一月ぶりだっけ?」
「久しぶりに闘らね?」
「いいね。けど僕瑠花のとこ行きたいし」
「俺に勝ってから行けばいいだろ?」
あからさまな挑発をする剛志に、瑠璃はまあ僕が負けるはずないけどねとわざと乗っかった振りをして、楽しそうに戦闘体制を整える。
そんなとき。
コツン、と背後から足音がした。
「そんなことしてる暇ねんじゃねーの?」
「そうそ。ちゃんと作戦立てなきゃな」
赤い髪と銀色の髪が、足音に振り向いた瑠璃に言う。
「よぉ剛志に幸博!久しぶりだな」
誠也はポケットに突っ込んだ右手を顔より高く、勢いよく振り上げ、久しぶりに会った同級生に笑いかけた。
「“グループ”仕事のこと聞いたか?」
「うん!学園長の使いの人からね」
駆け寄ってきた誠也に、幸博は笑顔で答えた。
「幸博の笑顔に何人騙されたことか」
そう呟いた瑠璃に、幸博は「騙してなんかないもん!」と目を潤ませて言った。するとまた、
「その涙にも何人騙されたことか」
と瑠璃が呟いたので、剛志に「瑠璃が虐めるー!」と抱きついた。
剛志が幸博の頭をポンポンと撫で、こちらを睨み始めたので、瑠璃は
「ホモもいい加減にしなよね」
と首を竦めて言った。勿論、冗談である。
聖霊学園の生徒は皆、過去に何かしらある。虐められていただとか、虐待されていただとか、両親を亡くしただとか、数え出したらキリがない。例えば虐められていたならば、自分を守るための“力”を持つ。そのように、人間は自分、もしくは他人を守るために“力”を宿す。たまに例外はある。復讐をするために手に入れる“力”だってあるのだ。
それから、五大名家も例外だ。生まれつき“力”を持っていることが多い。生まれつきの“力”がなく、何かしらのきっかけで“力”を宿すこともある。瑠璃は後者だ。瑠璃は五大名家水野家の長女で、きっかけによって“力”を手にした。
そして剛志は、他人を守るための“力”だ。剛志と幸博は幼なじみだった。幸博はいつも虐められていた。その度に、剛志が幸博を庇っていた。
そして――
『やめなさいって何度いったらわかるの!?』
幸博の前に両手を広げて立つ少女がいた。
『ほんと、学ばないやつらだな』
剛志が睨み付けるだけで逃げて行く虐めっ子たち。
『サッちゃん大丈夫?』
サッちゃん、とは、幸博の昔の渾名だ。涙で潤んだ瞳をぶかぶかの袖で拭いながら頷く幸博。
少女――田代紗弥加(タシロサヤカ)は自分のハンカチを幸博に渡す。幸博に笑いかける優しい紗弥加が剛志は大好きだった。しかし紗弥加は、幸博のことが好きだった。剛志はそれに気付いていた。弱い幼なじみを幾度恨めしいと思ったか知れない。幸博が死んでしまえばいいのにと、何度思ったことか。
そんなある日のことだ。
紗弥加が、車に轢かれた。剛志は親の車で紗弥加の入院した病院に駆け付けた。人口呼吸器で何とか息をしている紗弥加の痛々しい姿を見た瞬間、剛志は思わず泣いてしまった。
『……くん…』
剛志ははっとした。とても小さな声だった。
『ツー、くん…』
ツーくんとは、剛志の昔の渾名だ。
『サッちゃんを、守って…あげて…?』
剛志は、留まることを知らないかのように頬を流れ続ける涙の中、喘ぎながら何度も頷いた。
初恋の相手との約束――それは、何度も恨めしいと思った相手を守るという、剛志にとって最悪なものだった。だからこそ、剛志は激しい“力”を手に入れた。剛志の“力”は雷だ。
「レズに言われたくねぇよ」
剛志は瑠璃を鼻で笑い飛ばす。
雷は、見た目だけでは威力がどれ程のものか分からない。剛志はいつも、自分を偽っている。本心を、誰にも悟られないために。
「ぁんだって~?」
「だーからんなことしてる暇ねぇだろ」
「誠也に説教されるなんて屈辱だ」
そういう瑠璃は、本気で落ち込んでいる様にも見えたし、楽しんでいるようにも見えた。