「憎悪と寛容の果て」
「コイツは十分に苦しんでいる。結局俺の妻と、この男、どちらも運の悪い者同士なのかも知れないな」
憎悪を失った俺の周りに、“時の最果て”なる空間が再び現れる。
「さあ、どうだった? 命を奪いやり直すかい?」
影が問いかける。
「いや。もういいや……」
俺は静かに答えた。彼は故意に妻の命を奪った訳では無い。その彼の命を、俺は故意に奪う事は出来ない。確かに、許す事は出来ないかも知れない。しかし、彼の家族の事など考えると、出来るはずも無かった。
「俺は生まれ変わり、また新しい人生を歩みます。妻の居ない、この世界には、もう興味はないし……」
俺がそう告げると、
「うん。それがいいよ」
と影が小さく呟いた様に聞こえた。
次の瞬間。周りは虹色に輝き、気が付くと、俺は真っ暗な空間に居た。
「どこだ……ここは」
ここは何処なのだろう。暗い。俺は浮いているのか……?
すると、声が聞こえた。
「あなた! 今蹴ったわ! この子は物凄くやんちゃかも知れないわよ」
幸せそうな、女性と、嬉しそうに答える男性の声が聞こえた。
「パパと、ママですよ~元気に産まれておいでね~」
俺はその心地よい声を聞きながら、次第に眠気に飲み込まれて行く……。だんだん……記憶……が……薄れて行く……。憎しみも……、何もかも……。このまま、新しく、希望に満ちた、人生に旅立つのだろう……。
意識が、記憶が無くなる前に、一つだけ妻に……。
「愛していたよ。こんな俺でゴメン。次もまた逢えるかな……。逢えたらいいな。素敵な人生を有難う」
「憎しみは、何も生みませんからね。これが最善だったと思いますよ。あなたを、連れて行く事にならなくて本当に良かった。あなたに、良き人生を」
こう告げると、彼を見送った影は、うっすら笑みを浮かべ、黒いマントをひるがえし、地獄の底に帰って行った。
作品名:「憎悪と寛容の果て」 作家名:syo