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だうん そのいち

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「あほは風邪ひかへん」 というのは迷信やと思う。なんせ、うちのあほが、今、ひいている。職場で貰ったらしく激しく発熱して喉が腫れているので声も出ないし、飯粒も喉を通らないという本気の風邪だ。
「病院行くで? 」
 インフルエンザでは、市販の風邪薬では太刀打ちができない。最初は熱があるだけだから、と、市販のやつを飲ませたが、悪化した。いや、悪化させやがったが正解だ。大人しく寝ていればいいものを、このバカは、天気がいいからという理由で、この寒空に網戸を洗い、ついでに、風呂場のカビとりとかしてやがったからだ。
 帰宅した俺が、びっくりするぐらいの発熱模様で、夜間の救急診療へ走ろうかと考えたほどだった。大したことはない、と、当人は言うので、とりあえず、朝まで様子を見た。実のところ、インフルエンザなら、この発熱で菌は死ぬから、翌日には楽になるかもしれないと思ったのも、様子見の理由だ。だが、現実は、まだ熱が治まらず、呻いているので、あほの健康保険を用意した。それを見るたびに、俺は、少し寂しい気分になる。お互いがお互いと、結婚していると思っているが、現実には、養子縁組でもしない限りは、俺たちは、ただの同居人ということになる。だから、健康保険証も別々だ。
 今は、そんなことを考えている場合ではない、と、気分を切り替えて、花月の部屋に入る。
「・・・うー・・・・・」
「あ? 仕事か? 休んだがな。おまえが、そんなんではオチオチしてられへん。とりあえず、病院で抗生物質と点滴してもらって、昼から出る。」
「・・うーうーうーうーうーうー・・・」
「じゃかましいっっんじゃあっっ。どっかのあほが、余計なことしくさるから、俺は半日も有給を潰すんじゃあっっ。どあほっっ。」
 病人が、心配しなくても、自分で行くとかぬかしたので、蹴りを見舞って、その頭にコートを叩きつけた。熱は39度を越えている。受付けができるわけがない。総合病院は、さすがに混むだろうから、近くの内科へ出向いた。



 いや、もう、わかりすぎるほどわかる診断結果だった。
「インフルエンザですね。脱水症状を起こしてますから、点滴します。」
 一時間ほどかかるということだったので、俺は、処置室から待合に出た。それから、病院の玄関を出て、外でタバコをふかす。あほが、あんなに酷い風邪をひいたのは、あまりないことだ。だいたいは、自分のほうがひく。

・・・・もしかして、俺のほうが介護するとか言うことも有り得るんやな?・・・・・

 年をとれば、それなりに身体も弱る。至極健康体のあほだって、どうなるかわからない。寝たきりになったら、世話をするのは俺の仕事だ。

・・・・まあ、かまへんけどな。それはそれで。・・・・・

 よぼよぼしたあほの世話をするのは楽しそうだ。いや、俺も年とってるから、「辛いのぉー」 とか愚痴るのかもしれない。そんな想像していたら、おかしくて頬が勝手に緩んだ。別れている未来が思い浮かばないからだ。

・・・・喉が腫れてるから、お粥ぐらいか・・・・

 とりあえず、食事をさせなければ、と、シュミレートして、病院の中へ戻った。点滴が終わるまで、待合室で、ぼんやりとしていたら、つい、うとうとしていた。

 

 病院から抱えるようにして、家に戻って、とりあえず、ベッドに叩き込んだ。メシを食わさないと、次のクスリが飲ませられない。
「やっぱ、お粥さんやろな、ここは。・・・いや、ぐたぐたのおじやのほうが栄養あるか・・・うわっ、野菜があらへんやんけっっ。」
 メニューを決めて、冷蔵庫を覗き込んだら野菜がない。そういや、昨日は、メシを食っていないし、その前は、具合が悪かったあほのお陰で、月見うどんだけというメニューだった。いつもは、あのあほが買い物しているわけだから、具合が悪くて、何もないのは当たり前だ。
 とりあえず、お粥を白米から炊いて、梅干としらすを用意して、それで、午後になっていた。
「花月っっ、ちょっと起きろ。」
 手が一杯だったから、足で、あほの身体に軽く蹴りを見舞う。もそもそと動いて、よれよれのあほが顔を出した。
「・・・うーー・・・」
「なんでもええわ。メシ食うて、クスリ飲め。」
 点滴と注射で、ちょっと持ち直したあほは、ゆっくりと起き上がった。よくよく考えたら、俺が具合が悪い場合と、その対応が雲泥の差だ。あほは、ものすごく甲斐甲斐しい世話をする。俺が起きるのも難儀な時は、そのまんま、「あーん」 と、寝たままでメシを食わせてくれるのだ。
 俺には、そこまでの世話はできないので、というか、そんな恥ずかしいことをしてやったら、末代まで、あほに言いまくられるだろう。
「ほら、茶碗持てるやろ? 」
「・・うーーー・・・」
「あ? 俺か? 後で食うから、おまえは病人の時ぐらい、大人しくしとけ。」
 で、まあ、このあほな病人は、それで言うことなんか聞く訳もなく、うーうーと、手を台所へと向けて、「おまえも、ここで食え。」 と、真剣な顔をして睨む。なぜ、そういうことに気づくんだろうか、と、思いつつ、俺も茶碗を持ってきて、一緒に、お粥を食った。
「・・・ほか・・・」
「別にええ。ああ、俺、ちょっと職場に顔出して買い物してくるわ。おまえは寝とけよ。」
 栄養が足りないから、他のものも食えと言っているらしいので、適当に誤魔化した。別に、それほど空腹ではない。一膳のお粥を平らげたので、クスリを飲ませた。これでいいだろうと立ち上がったら、また、うーうーうーとお粥の入ったままの俺のお茶碗を指差す。
「もうええ。俺は出てくる。」
 病人の横で、もっちゃりもっちゃりとお粥なんぞ食ってる場合ではない。半日有給だから、かなり遅刻している。慌てて、着替えて家を出た。半年前に入った俺の部下が、とりあえず、本日業務はこなしているはずだから、それのチェックだけはしなければならない。それから、買い物して、晩御飯を食べさせないといけないから、あまり時間がない。

・・・もう、なんでもええわ。とりあえず、金が滞ってなかったら、そのまんま、ぶちこんどいたらええやろ。・・・・

 乱暴な作戦を考えて、俺は階段を駆け下りた。





・・・なんとか、熱が下がったな・・・・・

 うつらうつらと寝て、ようやく起きたら、楽になっていた。とはいえ、やっぱり、喉が腫れていて声はない。汗でべたべたになったパジャマを着替えようと起きあがった。
 ついでに、汗だけ流しておこうと、風呂場へ着替えと共に移動する。そして、着替えたものを洗濯機に放り込んで、中身を確認して、溜息をひとつついた。

・・・・着替えぐらいしとけよ、水都・・・・・・

 自分の分しか入っていない洗濯機の現状から察するに、シャワーすら浴びずにいるらしいことが判明する。おとついに、洗濯したから、昨日からということになるが、たぶん、当人は気づいていないんだろうと、俺は、がっくりと肩を落として、風呂場へ入った。
作品名:だうん そのいち 作家名:篠義