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楡原ぱんた
楡原ぱんた
novelistID. 10858
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金木犀の魔法 壱

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一月。


「宗川」

ホームルームが終了し、清掃も終わって帰ろうと鞄の整理をしていたところだった。
担任の常田紘輔(ときた こうすけ)に呼ばれて、宗川夏陽(むねかわ なつひ)は少々驚いたので呼びかけられてから一寸間を置いてから、引き出しに向けていた顔を上げる。別に少々、オキベンしようかなどと悩んでいたわけではない。決してない。などと心で言い訳しながら常田を見つめた。

「悪いんだが、ちょっと残ってくれないか」
「え?」

常田は見た目三十歳後半で怠惰そうな印象を与える教師だが、授業になれば睡眠しているものを見つけた途端に教科書で容赦なくたたくような厳しい教師である。
それゆえ、何か悪いことをした生徒を呼び出し説教してている姿が頻繁に目撃されている。規律に厳しいことにも有名だった。余計に夏陽は動揺した。あれ、私何かしただろうか。いや、していないはずだ。あまりの平々凡々さに目立つことを恐れてきた十五年間のはずだ。悪いことも良いこともしていないと断言できる。そこまで考えて夏陽は一人で凹んだ。

「別に説教や生活指導というわけじゃない」

普段の教師らしく堂々とした態度ではなく、困ったように頭を掻く。その仕草は昔、父が仕事で忙しい時に駄々をこねてしまったときを思い出させた。
この人もなんだかんだ言われてるけど、人間なんだなあ。夏陽は常田の色々な噂を聞いていた。ある生徒曰く、鬼。ある生徒曰く、悪魔。どれもこれも、授業中に寝てしまったために頭を叩かれた人間たちの話である。自業自得であった。
担任といえども、出席確認とホームルームに三者面談のときにお世話になるぐらいで、あまり口を聞いた覚えはない。二者面談のときは些細のない会話で終わった。だので、噂や授業の態度、ホームルームぐらいでしか常田を知らなかった夏陽にとってはちょっと意外であった。

「アンケートに答えてほしい」

夏陽は首を傾げた。アンケートを答えるために呼びとめられる。それならば、ホームルームでクラス全員に答えさせれば済むものではないのか。
何故、一人呼び出されアンケートに答えなければならないのだろうか。

「A〜E組の中から、各二名ずつにアンケートを答えてもらっている」
「……えっと、その二名はどうやって選んだんですか?」

ならば、このクラスで夏陽以外の誰がアンケートに答えたのだろうか。
そのまま手渡された一枚の紙。見たところ試験用紙にも見えなくもなかった。しかし、それにしては出題数は少ないのでやはり本当にただのアンケートなのだろう。

「先生の後輩で、とある大学の教育学部に在学している奴が卒論文章を書くために必要なアンケートなんだ。枚数にも限りがあってな、真面目に答えてくれそうな奴じゃないと、困るんだ」

真面目ではないが、夏陽は若干お人よしの面があった。頼まれたら断れない部分があるのだ。正直、頼られるのは嫌いじゃない。けれど、その分責任も負わなければいけないので、億劫でもあった。
しかしそれはあくまで生徒同士での間の話であって、どうして常田がそれを見抜いたのか。

「真面目かそうでないかと言ったら、私は真面目ではないと思いますけど」

先ほどまで、オキベンしようかしまいかと悩んでいたのは確かだ。

「いや、見た感じ約束したことは必ず守るような誠実そうなタイプだ」

よく見た目で判断するなと言われるけれど、結局見た目で判断されるものなんだろう。
誠実そうと言われたのは生まれて初めてで少々嬉しく思った夏陽は、アンケートに答えても別に良いかなという気になった。意外と単純である。
加えてアンケートは特に学校の成績や内心に響くわけでもない、あくまで常田の個人的なものだ。今すぐに帰宅するような事情もない。受験勉強はするが、ずっと勉強するような熱心さは生憎と夏陽にはなかった。
ならば、かまわないだろう。

「わかりました」
「すまないな。助かる」

常田は安心したように笑った。頻繁に見たこともない表情だったので、面を喰ってしまった。慌ててアンケート用紙に眼を移す。

「それと、このボールペンを使ってくれ。鉛筆だと消えてしまう可能性もあることだしな」

黒のボールペンを渡される。そういえば、ボールペンを切らしていたと思いだす。あとで買いに行こうなどと思いながら、とりあえず、常田のボールペンをそのまま借りることにした。



いざ、アンケートの質問に答え始めると周囲には疎らに生徒がいるのだが、まるで常田と二人でいるような錯覚に夏陽は陥った。
――夕暮れ。橙色に染まる教室。内と外とが切り離されたような感覚。
さながら魔法にでもかかったようだ。
気がつけば、常田はいつの間にか夏陽の前席に腰をおろしていた。アンケートを解凍し終えるまで待っててくれるつもりなのだろうか。

「今更なんだが、帰りは誰かと待ち合わせていないのか?」
「大丈夫です。今日は一人ですから」

正しくは、"今日も"であった。
夏陽は友人と通学路が違い、最近はその友人も塾や予備校になど通い始めたため、一緒に帰宅することは極端に減った。
さびしいと言えばさびしのだが、今のうちにそういう感覚に慣れていないと高校では別々になるのだ。悲しくなってしまうことだろう。それも慣れてしまえば亡くなってしまう感情なのだろうが、その考えはあんまりにもさびしすぎるので考えないことにした。

「そうか。…………友人は大事にしといたほうがいいぞ」

声音が変わった気がして思わず顔を上げる。しかし常田の表情は普段のホームルームなどのときと変わらず、気だるそうな雰囲気のままだった。けれども何だかさびしそうだ。過去に友人と喧嘩でもしたのだろうか。

「どうした? 何か不明な点でも発見したのか?」
「え、えっと」

慌ててアンケート用紙を見返す。
問題はどれも、なんというか常識を試すような問題ばかりだった。さすが、大学生のアンケート。改めて聞かれると、夏陽には不安だらけな質問ばかりであった。
無難に丁寧に考えながら答えていたので、やっと最後から手前の九問目だ。アンケートは全十問でプリントは二枚構成になっている。
あと、二問。と思い、その文章を音を出さずに読む。そして、すぐに固まった。常田が一連の夏陽の様子を見て、身を乗り出し質問の一部を読み上げる。

「何々――貴方は魔法・魔術についてどのように思いますか?」

魔法、魔術。よく考えても、そういう単語はアニメや絵本、小説などでしか使われないものではないだろうか。仮令、日常会話に使われたとしても何かちょっとした悪い出来事が起こって時に「ああ、こんなときに魔法とか使えたらなあ……。」なんて現実逃避の時ぐらいではないだろうか。そんなあるはずもないもののイメージと問われても、幼心に『便利』としかいいようがない。
しかしこういう質問に限って、丸印でイエスかノーかと答えるものではないのだから困った。まじまじと見ると最後の二問のみ空欄が大きくとってある。

「具体的に、どうやって答えればいいですか?」
「……要は他人にとって、宗川ってどう思う? と似たような質問だろう」
「え?」
「イメージで答えろってこと、なんじゃないか?」
「便利、とか」
作品名:金木犀の魔法 壱 作家名:楡原ぱんた