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貴方が望むなら[前編]

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ォン と世界が鳴動した。





片手に本を持った青年はゆるりと息をつく。
「この世界は模造品だ」
くすんだ髪は伸びきって、鬱陶しそうに顔を縁取る。外を出歩くようには見えないのにしまった体はなめした革に通じる張りがあった。無骨な手で、本を、白紙の本を手にして彼は囁く。
「この世界は模造品だ。鳥を偶像とし、神の位に祭りあげた箱庭だ」
彼が囁く都度、白い紙に黒が滲み、するすると文字が綴られる。
「この世界は何時か壊れるだろう」
それは託宣にも似た厳かさ。決まっている未来を読みあげる響き。
「神である二対 ヨドリとアカナキが互いを見失ったら」
間違いなく世界は崩れてしまう。
鈍い曇った緑の目で、彼は瞬きを繰り返す。くすんだ髪と黴色の目は見るものに眩暈にも似た不協和音を感じさせる組み合わせで存在していた。けれど今、彼の周囲に他人はおらず、彼は淡々と、誰に憚ることなく言葉を紡ぐ。

彼は彼すら誰かの模造品だと知っていた。模造の果てに願望を詰め込まれたものであり、その願望を内包したが為の、濁り、不協和音だと理解して。

「何時か世界は壊れるだろう」
繰り返す言葉は静かで、思ったよりも優しい。誰もいないからこその優しさ。
「けれど、私の友はそれを認めないだろう」
誰を思い浮かべたのか、それは彼を知るだろう誰もが目を見張るような微笑。微笑ましい、そう心の底から思っていると理解できる表情。誰もいないからこそ、彼は素直に微笑んだ。






ォン と世界が鳴動した。
そして。
少し形を違えて、静まった。





作品名:貴方が望むなら[前編] 作家名:有秋