Light And Darkness
豊葦原は人の住む国ではなくなってしまった。絶対秩序という拘束を失った死者と生者とが入り乱れ、黄泉神族 穢れ忌むべき存在として追いやられた化け物、禍物、妖怪があふれかえり、いよいよ人の地は蹂躙の限りを尽くされた。
救いを求めて縋る声が、ひっきりなし、天にむけてこだました日々。
高天原の統治者天照はこれをみかねて自らの伊勢神族よりの使いを、地上へ降らせしめ統治を守るよう命じることになる。
――『天孫降臨』。
豊葦原を、須佐鳴の手から守護するために、遣わされた『五人の伊勢神族』――それを、『御師』と呼ぶのだ。
『天宇受女命』――天照直属の巫女姫にして御師を束ねる女神。指揮官にして司である彼女は眩い美の化身だった。
『猿田彦』――宇受女の夫――千年の時の彼方、彼は戦役に破れて常世を去った。
『健御雷』――黄泉は伊邪那美の眷属。単独行動の好きな策士だった。
『天忍日命』――地上にて案内役をかってでた……つきあいの長い大切な双身だった。
そして――『天津久米命』――それが、時代の彼方、一番最初に授かった名前だった。
必死だった。
どれほどに疲弊しようとも、泣きごとをいいたくとも、そんないとまはあたえられなかった。彼らには、守らねばならぬものがあった。戦わねばならない敵がいた。滅ぼさなくてはならないという使命が在った。
宇受女の夫神・猿田彦が千年の大戦で敗れて果て、戦線を離脱した。千年連れ添った人との永遠の離別の衝撃にすらも……揺るがぬ強さで、それを押し隠して、女神は毅然として後ろを振り向くことがなかった。
その姿の息の詰まる美しさ。ひたむきすぎるまなざし。殺伐とした戦のなかで、膨れる想いを止めることができなかった。猿田彦の『死』――それが久米命の理性を突き崩した。
想いは……募り、自らを苛み苦しめた……。
――二千年。
少しずつ……少しずつ、歪んでゆく自分の中の何かをくいとめることができなかった、弱さ。そしてすべてが狂い出した……百年前。繰り返し、繰り返し、眠るごと苛むあの悪夢。
あの……何もかもを突き崩してしまった日。瓦解した日。
心を強く持って――そういったのは、半身・天忍日命だったっけ。いっときは彼を失いたくないとも思った。
なのに……結局一緒に生きて来た、かけがえのない人々を失った。それを選んだ。
作品名:Light And Darkness 作家名:さかきち@万恒河沙