Light And Darkness
ACT,8
「高崎くん、……高崎くん!」
はっ、と悠弥は瞼を上げた。
ここは……と辺りを見回して、現実世界を確認する。
いつものことだった。
『高崎悠弥』に転生してから逃れられない悪夢。どこまでもどこまでもおってくる、悲惨な夢。けれど、確かに現実だった。
いつものこと――もう、誰もいない。あの日すべてが終わり、激戦の彼方ですべてが滅んだ。もう……ひとりだ。誰もいなくなった。
誰も、いないんだ……。
「……高崎くん……?」
闇の向こうから声がして、悠弥は目を凝らした。
すぐ側で、悠弥に覆い被さるようにその顔を覗き込んでいる人影。暗い病室で、悠弥はそれが義貴であることに気がついた。もっとも、この病室には同室者はたったひとりなのだけれど。
悠弥は深く息を吐いた。つと、肩のあたりに触れる掌の感触。
「……だいぶひどくうなされていました。……どこか、具合でも?」
「ああ……大伴、さん……」
悠弥はかすかに身動ぎをすると、ゆっくり上半身を起こした。
「……すみません。おこしちゃったんですね……」
「いいえ、私はかまいませんよ。心配なのは、高崎君のほうです」
屈んで目線を合わせ、問うてくる彼に、悠弥は軽く首を振って否と答えた。
「平気です。どうも最近、夢見が悪くて」
ふいに義貴の緊張が解けたようだった。小さく微笑んで、隣の空きベッドに腰を下ろして吐息する。
「そう」
「やっぱ入院生活なんて、向いてなくって……」
「かも、しれませんね」
義貴の笑顔は柔和だった。カーテンからもれる青白い光は、満ち月の光か。病院内はかすかな空調の音がするだけで、異様なほど静かだ。
耳が痛くなる。
「あ……と。いま、何時くらい、かな……」
いうと、義貴は悠弥の枕元のデジタル時計を見やった。
「午前二時を少し過ぎたところですよ」
「……二時」
「ええ」
二時……そういえば、あの騒動も――悠弥が、そうおもったときだった。
――キャアッ。
どこかで、布を裂くような音がした。というよりも、短い悲鳴だ。近くではなかったけれど、遠くでもない。
悠弥と義貴ははっと顔を上げ、ドアの方を見た。すり硝子の向こうは、闇に静んでいる。
つづく硝子の粉砕音。
「……いま……」
「――何かあったみたいですね」
「なんだ?」
悠弥は首を捻りながらベッドから降りた。
作品名:Light And Darkness 作家名:さかきち@万恒河沙