Light And Darkness
『高崎悠弥』である自分が片時も外すことのできない、仮面。百年前の激戦で、失ったものの大きさに、ただただ愕然としていた。自ら犯した罪に救いようのなさを感じていた。
安らぐところはなかった。絶ゆることのない悪夢……惨劇の記憶が、どこまでもおってくる。生きる気力を失った、絶望と失望。
それでも生きてゆかねばならない辛さ――償いのために。天の命のために。
この戦の、先を知るまで
カーテンの向こう側は暮れなずむ紅。
澱んだ熱い空気の向う、滲みゆく血の色の空は、嫌な記憶を静かに抉り出す。消えない悪夢を誘う色。届かない――どれほど悲鳴を上げても、どれほど嘆いても、時間は戻らない。
大伴義貴は、俗世の世迷い事には興味ないといった怜悧さを漂わせ、何を思うのだろう。
自らとよく似た……仮面の下。
彼は。どうして姉である由美子にしか心を開こうとはしないのだろう。かすかに見出だした、それは彼への興味に違いなかった。鏡に写したような彼の心の水面に、ひび割れた何かを感じたのだ。
「……なんですか。さっきから、じっとこちらを見て。それとも、窓の外に何か?」
義貴の声で、悠弥はふと我にかえった。さすがに凝視されることに居心地の悪さを感じたのだろう。けれど、べつだんぶしつけを咎めるようでもなく、いつもの穏やかなまなざしで。
「高崎くん?」
「……ああ、いや、その」
咄嗟に覚えるのは、戸惑い。義貴が自分のほうから問いを発するのは、実に珍しいことなのだった。なぜだろう……鼓動が、早くなる。……妙な感覚。
「そのぉー……」
「なんですか?」
不思議な感覚が、肺の奥のあたりをよぎった。
その感覚は、痛み……に似ている。
そのときだった。
ふと。
袖口からのぞいた、彼の手首に。
――傷……。
手首を真一文字に切り裂いた、ミミズ腫れに似た傷跡を、悠弥は見たのだ。
寒気がした。
いやな。
その傷が何によるものか、悠弥はよく知っていた。同じ物を悠弥とて『持って』いる。一生消えない、肉体に刻んだ刻印。
一度ならず、この肉体を捨てようとしたその証拠。
彼は――どうして……?
布団を握り締める掌が、つめたく冷えて濡れる。食い込む指が、布地を裂くほど。
遠い昔の、古い傷が鈍く痛み出す。忘れられない痛み。
鋭利なナイフの、夢のようなきらめきと、真紅。
作品名:Light And Darkness 作家名:さかきち@万恒河沙