断絶
それとも世の中の人間の大半はそんな事を考えもしない愚か者ばかりなのだろうか? いやそれを愚かと見做すのは僕の傲慢なのだろうか。そのように考えずとも受け止められる事こそが賢人である証なのだろうか。優れているからああして外の世界で人として生きられるのだろうか。
ぼくにはぼくが見えない。
僕にはもう僕の形が分からない。手や足の形は分かる。それは見ている。いつも、見ている。けれど僕を象る全体が分からない。僕は分からない。鏡に貼ってあるガムテープを剥がしたら僕は僕を認識出来るのだろうか。そこにあるのは何なのだろうか。過剰なる自意識と自己愛に苛まれた、ただの屑人間だろうか。
震える手で鏡に手を伸ばした。ガクガクと揺れる手を見ながら、落ちつけ、落ちつけ、と何度も小さく口にした。すっかり粘着しきっているガムテープを力任せに引きはがして、鏡から新聞紙を一枚一枚剝いていく。やがて鏡は何かを映した。僕はそれをじっと眼へと投影した。
ぼくはぼくが分からない。
鏡に映る人間を僕は僕と認識出来ない。
僕は他者との関わりを絶った。世界を拒絶し、全ての繋がりを断絶した。
そしてそこにあったのは、何と形容すればいいのか分からない生き物だ。
人間である事は間違いないだろう。けれどそれをどう表わせばいいのか分からない。僕という人間を説明する手立てがない。僕の中に世界の平均が無いのだ。僕の目は他人より大きいのか小さいのか、背は高いのか低いのか、体は太いのか細いのか、年は若いのか、それとも老いているのだろうか。
愛を求めただけだった。
透明で純粋で限りない自己犠牲を伴った、唯一無二の絶対的な感情。
ぼくはぼくが分からない。