焼け野原にはなにが咲く
首を傾げて僕を仰いでくる。全体的に小作りなユリアは無駄に背だけ高い僕と並ぶと辛そうだった。きれいに巻かれた髪の房がゆれる。それは、僕の中のなにかにとても似ていた。
「えっ……ああ、うん。今日は最後だから僕を好きにしていいよ」
「はあ? 誠実さん、なにそれ、すでにマリッジブルー的なものになったの? 大丈夫?」
本気でびっくりして問いただしてくるユリアにそうだよ、とあっさり返した。ぐいぐい、繋いだ手を引っ張られる。
「痛い、いたた。ゆ、ユリア、腕抜ける」
「ごめんなさい」
生来、この子は素直な子なんだろう。眉をハの字にして訴えかければユリアはすぐに手を放した。それからすぐに繋ぎなおす。ぎゅっ、ぎゅっ、と一定の間隔で揉むようにして刺激が与えられる。爪を伸ばすのが嫌いらしく、いつも深爪ぎみの指先が甲をかすった。
「いや、だからね、今までは僕が君を好きにしてただろ。だから最後くらい、君のしたいようにすればいいんじゃないかなって思ったんだ」
「ほんと?」
初めて聞く、気の抜けた声だった。慎重に伺いをたてる、怒られないか確認する。かすかすぎて、こんなに静かな場所でも空気に溶けていきそうだ。
泣いてはいないか。僕はふっとそんな予感がしてユリアの顔を覗き込んだ。彼女は唇を噛んで瞳をふせている。そうだ、僕の返事を待っている。それこそ、僕の許しがほしいんだ。
「ほんとうだよ」
言うと、すぐにユリアのテンションが上がった。
「じゃあ、観覧車! 私観覧車に乗りたい!」
大人びたような、でも子どものような。風に煽られる炎のような君が、僕を焼いている。
ユリアが連れてってとせがんだのはお台場だった。観覧車の定番だなあ、と納得したがいまさらあれに乗るのかという気もした。でも、ユリアは観覧車自体に乗ったことがないという。彼女のはしゃぎっぷりが妙にかわいらしく、すとんと心に落ちてきた。
都合のいいことにここは結婚相手の行動範囲外だった。こんなところが見つかったら結婚どころじゃないだろう。
それでもいいか。どこかで投げやりな僕がつぶやいている。
「セイジツ」が、いつも僕のあだなだった。ユリアが言うとおり名は態を表しすぎているからってみんな僕をこう呼んだ。だから僕は「セイジツ」じゃない自分の存在を確かめたかったのかもしれない。それでもいいか。そういう僕もきちんと胸の中に住んでいるのだと。
作品名:焼け野原にはなにが咲く 作家名:こがみ ももか