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だいなまいと そのさん

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食事なんて、同居人が作るものが美味いだけだと思っている水都にとっては、どんな高級なものでも、美味しいという感想に行き着かない。元から、食事に興味があるほうではないから、昔から堀内が奢ってくれるものを無造作に口に放り込んでいた。
「相変わらずやな、みっちゃんは。」
 ばくばくと普通の顔で食べている水都に、堀内は苦笑する。何を食べても、どんなに講釈しても十数年かかっても、水都は食事を楽しむということはなかった。
「・・・いや、そうでもない。花月が作ってるのは美味いと思う。」
「なんや、惚気かいな。たまらんな。」
 別段、困った口調でも嗜める素振りもない。ただ、おかしそうに堀内は笑っている。しばらくして、食事が一段落したら、ようやく話を切り出した。
「そろそろ、本社勤務をしてくれへんか? いつまでも、店舗管理でもあらへんやろ? 給料かて、今の三割り増しにさせるし、もっと時間の融通が利くようになるで。」
 以前から、いや、もう十数年前から、堀内は、こう誘っている。最初は、堀内が本社へ転勤になる時だった。それから、何年かに一度は、この話題が出る。たくさんの店舗を一括管理している水都なら、本社で、さらに、その上の全店舗管理の仕事もこなせるはずだからだ。それを、水都に任せれば、堀内は、かなり裁量の自由が得られる。それを何度も説明されているし、バイトから正社員になった水都としては、破格のサラリーも約束されることもわかっている。
「・・・それはできひんって、前から言うてる。やらせたいっていうなら、管理部門ごと、こっちに移動させてくれ。」
 そして、水都の反論も、毎度のことだ。本社のある中部地方へ転勤などできないと、突っぱね続けている。
「あのアホも連れて行ったらええがな。みっちゃんが養ったったらええことやろ? 」
「・・・本気で言うてるんか? 花月が発狂するようなこと、平気で言いよるなぁ。」
 くくくく・・・っと、水都のほうは笑って、ビールをぐいっと煽る。それから、タバコに火をつけた。堀内も同様にタバコに火をつける。
・・・もし、このおっさんに連いて行ってたら、俺・・・どうなってたんやろうな・・・・
 そんなことを考えて、それから、うっすらと笑った。連れて行かれて、名実共に愛人になっていたら、たぶん、息をして生きているだけになっていただろう。空っぽで、何もなくて、ただ生きているだけの状態は、楽ではあっただろうが、今のように笑ったり泣いたり、時には怒鳴ったりするような心が動いている楽しいものにはならなかったはずだ。今の状態というのは、吉本花月が存在するからこそ、自分の中に生まれているのだということを理解している。どうして、それが、花月だったのか、なぜ、付き合いの上からすれば長いはずの堀内ではなかったのか、今でも不思議なほどだ。身体の関係だけなら、他にもたくさんいたから、それは理由にはならない。
「せやけど、実際問題として、おまえが、あそこに居座るのは難しくなってきてるのは事実や。」
 移り変わりの激しい業界で、実力のあるものは、すぐ、上のポストへと移動する。だから、今では、あの事務所で水都が一番の古株になっている。事情を知らないものばかりなので、年齢的に若い水都は軽んじられているのが実情だ。実際は、水都が担当している支店長たちに指示を出している立場なのだが、誰も、その事実に気付いていないのだ。日がな一日、事務所で経理をしていると思われている。たまに、本部の幹部がやってきて、水都に指示を出していると思っているのだ。
「・・・なら、やめるで。俺は、別に違う仕事でもええんや。コンビニのバイトでもええ。」
 水都は、さらりと、そう言う。出世欲も金銭欲もない。今の生活を続けていければ、それでいい。どんな仕事でも金さえもらえれば、それでいいと思っている。
「今の給料くれるような仕事はあらへんぞ。」
「半分でもええ。家賃と生活費だけやったら、それでなんとかなる。老後は、花月の年金で食わせて貰うさかい。」
「脅し甲斐のないヤツや。・・・とりあえず、部下のほうだけは、なんとかしてくれ。おまえの身体を損なうようなことがあったら、あのアホが、また事務所へ乗り込んでくる。」
「ダイナマイト腹に巻いてな。・・あはははははははははは。」
「せやせや、手には爆破ボタンとチャッカマンや。あははははははは。」
 過去に起こった出来事を、ふたりして思い出し、大笑いした。十数年前に、本当にあった出来事で、堀内が水都を諦めた出来事でもあった。



 結局、かなりの額の借金を、水都は背負う形になった。堀内のほうは、返済はいらないと言ったが、花月が納得しなかった。バイトを増やして、それらを半年かけて返済した。
「なんで、おまえが、そんなことするんじゃっっ。」
 夜間のガードマンのバイトに出る花月に、俺は怒った。別に、愛人にしたいというなら、一度くらい身体を貸してやるぐらい、俺には、どうということでもない。男とやったことはないが、とりあえず身体を貸せば、相手がどうにかするだろう、と、説明したら、今度は、花月が顔色を変えて怒鳴った。
「なんで、おまえに、そんなことさせなあかんねんっっ。そんなことしたらあかんっっ。」
「・・おい・・・たかが、尻貸すだけやぞ? 」
「あほかっっ、おまえはっっ。貸すなっっ。・・・そんなことしたら、悪い癖がつく。せやから、おまえは手当てなんか貰うなっっ。」
「悪い癖って・・・男しかあかんようになるとか? 」
「ちゃうわっっ。寂しかったら、誰でもええようになるってことやっっ。」
 そこまで叫んで、慌てて花月は飛び出していった。涼しくなるまでは、と、俺は無理矢理に花月の部屋に居候させられていた。「電話もないんやから、あそこに住んでる必要はあらへん。」 というのが花月の言い分で、蒸し暑い残暑を乗り切るためには、クーラーのある部屋のほうがいいと付け足した。そして、居候の俺が来て、初めてわかったことは、どうやら花月は、バイトを増やして、ほとんど家にいなかったのだ。四回生の後半ともなると、ほとんどの単位は修得していたから、空いた時間にバイトを詰めたらしい。就職するのに、何かと入用になるからだろうと、俺は思っていたが、そもそも大間違いだった。
 そして、十二月に、俺の前に札束の詰まった封筒を突きつけた。
「これで、借金はちゃらにしてこい。」
「はあ? あれは、毎月天引きして貰ろてる。」
「あかん、これで清算してくるんや。」
 俺の鼻先に突きつけた封筒と花月の顔を交互に見た。こいつに情けをかけてもらう謂れはない。一体全体、何があって、こんなことをしたのか、わからなかった。
「あのな、花月。・・・・俺は・・・」
「身体ぐらいなんて考えたらあかん。おまえは、そういうことをしたら癖になって戻れへんようになる。」
「だからな、俺は別に・・・身体なんて、どうでもええ。減るもんやないし、男やから妊娠することもあらへんのや。かまへんやないか。」
作品名:だいなまいと そのさん 作家名:篠義