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だいなまいと そのいち

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「あ、おまえ・・・さんざんっぱら、俺に貢がせたくせに、そんなことを言うかえ? 」
「借金は全額返したわいっっ。」
「返さんでもよかったのになあ。」
 昔、ちょっと足りなかった学費や、諸々の経費を借りたことがある。確かに、返さなくてもいい、とは言われたが、俺の同居人がバイトを増やして無理して返した。借りを作りたくないという理由で。なんせ、このおっさん、とんでもないことを、俺の同居人に言ったからだ。『愛人のお手当て』とのたまったのだ。そりゃもう、同居人が顔色変えるほどに怒ったのは言うまでもない。
「俺の旦那で遊ぶのはやめてくれ。ほんま、花月は、あん時のこと怒ってたんやから。」
「あははははは・・・いや、あいつは、ほんまおもろいわ。」
 そして、堀内は、というと、なんというか、俺の保護者を気取っていたから、花月を試していた節があった。あの当時、花月の本気の怒りに、堀内は、とても嬉しそうに笑ったからだ。
「俺は、あれでないとあかんねん。」
「わかってるでぇーおっちゃんも。せやけど、やっぱ、舅としては、たまに、婿はいびらんとあかんやろ? 」
「誰が舅やっっ。」
「ほな、モトカレ。」
「どあほっっ。なんでもええわ。喉かわいた。」
「うんうん、おっちゃんがおいしいレイコを頼んだろな。」
 背後に控えている他の従業員に向かって、「みっちゃんのために、おいしいレイコを配達してもうてっっ。」 と、叫んでいる。本社の幹部である堀内の命令に、慌てて従業員が外へ駆けて行く。腐っても本社の幹部様の命令は絶対であるらしい。
「レイコって、死語やで、堀内さん。」
「そうか? アイスカフェなんとかって言うんか? 」
「まあ、ええけどな。昼飯おごってや。俺、あっさりしたもんが食いたい。」
「はいはい、可愛いみっちゃんの頼みやったら、なんでも聞いたるでぇ。たんと食べて、あのクソガキを寝たきりにしたれっっ。」
 ふと、会話を反芻して、そういや、いろいろ貢いでくれているのかもしれないと気づいたが、気づかぬふりをしておくことにした。俺の太腿を撫で擦って、それから、傍に控えていた、こっちの支社の部長に向かって、「俺の可愛いみっちゃんが、深夜残業ばっかりで、目の下に隈を浮かべているっちゅーのは、どういう了見なんや? あ? 」 と、堀内は凄んだ。部長は、しどろもどろで、「人員が不足しておりまして・・・」 と、返事した途端に、「おまえら、みっちゃんが入院でもすることになったら、どうやって、この仕事を処理するつもりなんや? え? 」 と、切り返す。
「いや、一応、休日はありますし・・・」
「どあほっっ、こいつは、倒れたら復活するまで時間がかかるんや。その間の仕事の配分は考えとるんやろうな? 」
 以前、堀内が体験しているから、真実味がある。確かに、以前、俺が入院したら、ここの機能は完全に停止した。他に誰も、俺の仕事をこなせる人間がいなかったからだ。それから、堀内は、二番手、三番手を用意して、俺から仕事の半分を取り上げてしまったのだ。
「堀内さん、そこいらへんで勘弁したってくれ。俺が抱え込んでる所為で、誰も手出しできひんようになってもうてるんや。」
 さすがに、自分の直属の上司が頭ごなしに怒鳴られていてはまずいだろうと、助け舟を出した。この仕事をやりたがる人間はいない。だから、堀内が本社に移ったら、二番手とか三番手は、他の支社へと移動した。他も人員不足だったからだ。それから補充されないままに、やっぱり、そのまんまだった。
「みっちゃんも悪いけど、それを見て見ぬフリしたこいつらもあかんやろ? だいたい、おまえは、いつもそうや。出来るから言うて、誰にも手の内を晒さんから、深夜残業しとる羽目になるんやろ? そろそろ、みっちゃんも四十路に近なってるんやから、そこいらも考えんとあかんで。もう、ええ加減に管理職についたらええねん。」
「そんな面倒なもんになるのはイヤや。」
 すでに勤続二十年を超えた俺は、本来なら本社の管理職になっているはずだったが、面倒なので、長年突っぱねて、ここまで来ている。現場仕事でええから、ここから移動させないでくれ、と、言い続けているからだ。
「あかん。そろそろ、子飼いの手下ぐらいは使え。そうせんと、本社へ移動させて、おっちゃんの秘書にしてまう。」
 じろりと、本気の顔で堀内に睨まれる。ずっと、言い続けられているが、今度は、かなり本気らしいことがわかる。
「移動させるんやったら辞める。」
 ここで怯むと、その通りになるから、こっちも負けていられない。
「なら、部下ぐらい使え。」
「教えんの面倒や。」
「あかん。今度ばかりは、言うこときいてやるつもりはない。・・・・明日、こいつの手伝いができそうなヤツを、二、三人揃えて寄越せ。それから、今から、浪速は俺の接待で外出やっっ。」
 平身低頭な態度で控えている部長に、そう命じて、堀内は、俺の腕を持ち上げた。今までも、こういうことはあったが、いつもは、「辞める」で、どうにか収まっていた騒ぎだったのに、今回は、そうもいかないらしい。
「・・・あのなー、俺にも都合っちゅーもんがあるんやけど? 堀内さん。」
「ほれ、見てみぃ。俺とデートする時間も取れへんような状況になっとるっちゅーことやないか。日報ぐらい誰かに処理させたらええんじゃっっ。ほれ、立て、みっちゃん。メシに行く。」
 無理矢理に、机から引き剥がされた。たぶん、食事だけでは済まないだろう。今夜は、何時に帰れるかなあーと、溜息をつきつつ立ち上がった。
「パソは閉じてしまえ。もう、ここには帰られへんぞ。」
「え? 」
「久しぶりに戻ったわしが、昼飯だけで済ますはずがないやろ。」
「いや、晩飯までは付き合う。」
「それから、お泊まりコースでしっぽりや。」
「はあ? こらこら、おっさん。」
 言い出したら、梃でも動かないのは、いつものことだ。仕方がないので、オフコンを終了して外出の用意をした。昔から、堀内は強引だった。だから、こう言い出したら、もう変更はきかないだろう。
「みっちゃんは、わしの言うことだけきいとったらええ。」
「何ぬかしとるんじゃっっ。それで、仕事になるかぁーいっっ。」
「おーおー、相変わらず、可愛い啖呵をきるやないか。はははは・・・それでこそ、みっちゃんや。ほな、懐石食いにいこ。」
 段取りが終ると、堀内に引き摺られて外出した。部長が、拝む真似をして見送っている。とりあえず、この本社の幹部を、ここから連れ出して欲しいということだろう。それがわかっているので、俺も黙って付き合うことにした。ただし、しっぽりお泊りコースは論外だから、殴り倒しても帰宅するつもりだ。
作品名:だいなまいと そのいち 作家名:篠義