感情の切断
「イングランド?」
「そう。習慣とか、なにかと違っていて大変かもしれないけど、少しの間だけ我慢してちょうだい」
申し訳なさそうに眉を寄せながら言う母。
「そうか…イングランドなら一時支配下にあるから少しは安全かもしれない…」
ロレンスが言うと、彼女は小さく頷いた。
「必要最低限のお金と持ち物は用意してあげるけど…もしまだ帰ってこられない間にお金が尽きてどうにもできなくなったときはね、」
そこまでいうと母は服のポケットから小さな紙切れを出してロレンスに渡した。
トリスとロレンスは二人でそれを見る。
「最終手段よ…もしものときはその人を訪ねなさい。
そこには『マーガレット・エンフェルト』という名前だけが書かれていた。
「私の古い友人でね。今はイングランドに住んでるの。
…でも分かっているのはそれだけ。イングランドのどの辺りに住んでいるのかまでは、わからない」
つまり、もしも窮地に立たされたときは自力でその人物を探せということだ。
「っで、でもお母さん…どうやって探せば…」
「なぁに言ってるの!それはその地に人間があなた達二人だけだったらしんどいかもしれないけど、他にも人間はいっぱいるのよ?その人たちを活用すればいいじゃない!」
「えっと、母さん、それは簡単に言えば人に尋ねて辿り着けってこと?そんな遠まわしに言わなくても…」
「いいじゃないの別に」
胸を張って言う彼女に、緩急の差が激しすぎるためかこちらが疲れてきてしまう。
そんなことをトリスが考えていると、母は話を元に戻した。
「…じゃあ、最後にあなた達がしなければならないことをまとめておくわね。
まず港から船に乗ってイングランドへ向かう。到着したら寝泊りできるところを探すの。
宿の場合はぼったくられないように気をつけるのよ。絶対に最初に値段を聞いておくこと。
それが済んだら次は町で一番安くて安全な市場を探す。そこからはジリ貧生活の始まりよ。それを乗り越えればあなた達はきっともっと強くなっているはず!頑張るのよ!!」
少し話の方向性が違ってきているような気がするが、そこはいつもの母の調子なのであえて触れない。
そしてうんうんと頷くと、母はいきなり立ち上がりトリスの頭を優しく撫でた。
「早くトリスもロレンスを倒せるくらいに強くならないとねー」
「ちょ、母さん変なこと教えないでよ」
「いいじゃないの!女はつよくてなんぼだわ!!」
…いつもの笑い声。
いつもの光景。
それらと少し離れる生活が近づいていると思うと、トリスは素直に心のそこから笑えなかった。
すぐに二人を寝室へ見送って寝付いたのを確認すると、母は下の階へ降りて二人の荷造りをしていた。
「………」
黙々と手を動かす中、ふと、頭の中で声がよみがえる。
…――――か…―――…………
「っ」
足から力が抜け、埃だらけの床に膝をつく。
同時に、水滴が数滴落ちた。
いつの間にか濡れている目元を指で乱暴に拭うと、震えて消えそうな小さな声で
「ごめん、ねっ…!トリス…!!ロレンス…!!」
夜は、もうすぐ明ける。