真冬の向日葵
わざとおどけた風に言えば、真冬は楽しそうに笑った。吹きこんでくる風に綺麗な黒髪とワンピースの裾がふわりと揺れる。
満開の向日葵畑の中で微笑う真冬は初めて見たけれど――その笑みは、今までに見た笑顔の中で一番きれいなものに見えた・
そうして、出発当日。
せめて出発する前に一度は会っておこうと真冬の家を訪れたら、彼女は玄関先に出てきていた。聞けば、俺を待っていたらしい。
「良かった、来てくれて。待ってたのに来ませんでしたーなんて、寂しいし」
真冬はふふ、と笑いながら言った。いつもとは少しだけ違った笑みに感じたのは、恐らく気のせいではないだろう。
寂しい、だろうか。俺が居なくなってしまう事が。
それでも俺は、真冬を寂しがらせてしまうだろうと分かっていても、これだけは告げておきたかった。
「真冬」
「うん?」
「……俺、卒業するまではこっちに戻ってこないよ」
言えば、真冬は一度目を瞠って、けれどもすぐに、表情を和やかなそれにした。
何となくそう言い出す気はしてたんだよねぇ、と呆れたように呟いてから、真冬は一度、俺の額をど突いた。
「った」
「夏月のくせにそんな生意気なこと言い出して。……言ったからには、絶対に帰ってきちゃ――会いに来ちゃ、駄目だからね」
わざと作ったような口調に苦笑して、分かってるよ、と軽く返事を返した。
あぁ、無理をしている。だって、目許に滲んだ涙は隠しきれないから。それを見て儚い気持ちになって、それでも俺は、一度言ったことを撤回する気には、ならなかった。
真冬だってもう大人だ。脆い部分もあるけれど、俺よりはずっとしっかりしている。俺が居なくても――大丈夫。
「それじゃ――元気に、やってね」
「うん」
「……4年後に。また、会いましょう」
「うん」
真冬はそれだけ言って、最後に、あの向日葵畑の中で見せた笑みを、もう一度、浮かべて、小さく手を振った。
「また、ね。夏月」
「うん。また」
サヨナラは、言わなかった。