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タクシーの運転手 第一回

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 その後はしばらく沈黙が続いた。外はもう真っ暗だ。吉原まではまだ少しあるようだ。
 信号で止まると、また彼は口を開いた。
「そういえば、お仕事は何をなさっているのですか?」
「ん、さっき吉原って言ったんだから、察しはつくでしょう…」
 嫌そうに顔をしかめて答えた。
「そうですか。答えたくないときは答えなくていいですよ。そういうときは誰にでもありますからね。ちなみにどんな感じのお仕事ですか?」
「か、体を、売る仕事」
 ためいきを一つついて、口先だけで答えた。
「そうなんですか。それはすごいですね。人のために尽くすお仕事なんて偉いですね」
「べ、別にそんな綺麗な話じゃないです」
「綺麗とか汚いとかじゃなくて、僕は、そういうのも立派な仕事だと思うんです。人のために一生懸命働いて、その分の代金をお客様が払っていく。それがお店の売り上げとなり、自分の給料となる。それはめぐりめぐって社会に貢献してます。だから、もっと堂々としていいと思いますよ」
「はぁ、それは、どうも…」
 彼女は、深く座りなおした。そして窓のほうに目をやった。遠くをじっと見ていて、何かを思い出しているようだった。
「私、自分に自信が持てなくて。自分のやってることに後ろめたさを感じるんです。いつも『寂しい』とか『愛されたい』とか言ってます」
 窓のほうを向いたまま、彼女は言った。
「そうですか。原因は仕事でしょうか。仕事そのものがあなたに合っていないのか、それとも職場に問題が?」
「両方だと思います。職場ではキャリアごとの上下関係が厳しくて、新人はこき使われます。時にはいじめられたり。でも仕事が忙しすぎて、人付き合いのことなんて考えてられないんです」
 彼女はとつとつと話し続ける。
「なるほど。それでもその仕事をやめないのは何か理由が?」
「はい、そうしてもお金が必要なんです」
「そうですか。なら覚悟を決めたほうがいいですね。明確な目標があるなら、それに向かって走るだけです。でも目標を達成する方法は、一つだけでなく、いろいろあるということを忘れないでください」
 彼はハンドルをきりながら、諭すように言った。
「どうもありがとうございます。大丈夫です。ちょっと感傷的になっただけですよ。今の仕事をやめる気はありません」
「そうでしたか。不平不満はためておくと苦しいものです。時には発散することも必要です。社会を生きていくには、ストレスは欠かせません。それと同時にストレスを解消する方法も」
「そのようですね。上京してきて痛感しました」
 ふと周りを見渡すと、怪しいネオンの店が増えてきた。吉原に着いたようだ。
「ここらへんで降ろしてください」
「はいわかりました。お疲れ様でした」
「私の話聞いてくれてありがとうございました。少しすっきりしました」
「いえいえ、僕が勝手にしたことですよ。少しでも役に立てたのなら光栄です」
「十分すぎます。では」
 彼女は車から降りて、立ち去っていった。
「いやー、それにしても綺麗な女性だったな」
 そして再び彼の車は走り出す。
 どこまでもどこまでも。