小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

正義と正義と正義

INDEX|4ページ/4ページ|

前のページ
 

 セイヨウミツバチが勝利の雄叫びをあげている頃、オオスズメバチもまた、歓喜の声に巣を震わせていた。生き残った一匹のオオスズメバチは、無事に巣へと帰りついていたのだ。
 獲物のハンティングを専門とする働き蜂が、久しぶりの大規模な狩りに身を震わせ、その身を猛らせていた。皆が皆武者震いをし、ときの声をあげ、足を踏み鳴らす。巣が振動し、内部で働く他の蜂や幼虫に興奮が伝わる。戦争が始まるのだ。
これは生存を賭けた戦いだ! 皆の視線が集まる部屋で、女王蜂が叫んだ。これから飛び立つ兵は、皆の命を繋ぐために飛び立つのだ。彼女達に敬意を示せ。最高級の敬意を。そして敵には死を。獲物には我らの糧となる最高の栄誉を。さあ、兵達よ、命を捧げる者たちの顔は見たか、背中を預ける同胞を信じたか。
 何十匹というスズメバチが羽を振動させ、各々にうなりをあげ始めた。女王蜂が一匹一匹の返答に、目をつむって耳を傾ける。最後の返事を聞き届けた瞬間、大きく腕を振り上げる。
 行け!
 太く低い羽音が部屋中に響いた。働き蜂達が一斉に羽を上下させ、飛び立って行く。高鳴る鼓動が、栄えある未来を待ちかねている。

 山の木々の上に、突如として黒雲が現れた。行く道も知らぬ、更なる高みの白雲とは違い、どこかを目指して飛んでいく。それを木々の間から見たアカネズミは、子供達を巣の奥深くに押し込めた。カモシカは身を硬くして、雲が過ぎ去るのを待った。追いかけて追いかけられてをしていたアカトンボのカップル達は、互いの存在を忘れたかのようにその場から逃げ去った。山を登っていた人間は、帽子からはみ出ている黒髪を手で覆って隠し、身を低くした。野原をのんびり散策していた観光客は、ぎゃあ、と騒いで逃げ惑った。
 黒雲は見向きもせず、一心にどこかへ飛び去った。

 一匹のセイヨウミツバチが、巣を目の前にして呆然と立ちつくしている。
 嵐の後とはこの事だろう。かつて整然と六角形の筒が並んでいた我が家は、全体が歪んで傾いていた。見る影もない。彼女は未知の光景を目にして恐怖で涙した。巣の周りでは体を丸めて動かなくなった衛兵蜂と、オオスズメバチの死骸が転がっている。それは巣に近づくにつれて多くなるが、巣の内部となるとミツバチの死骸しか見当たらなかった。敵を倒した形跡が一つも無いのだ。抵抗する力を失ったのだろうか。彼女はその場に自分がいなかった不幸を嘆く。蜜を溜めていた部屋は蹴り破られ、根こそぎ奪われていた。幼虫たちのいた部屋も荒らされていて、一匹残らず連れ去られている。世話役の働き蜂は折り重なるようにして死んでいる。彼女は一匹生き残った悲しみを胸に涙を流し、巣の奥へと進んで行く。いつも働かず食っちゃ寝していた怠惰な雄蜂は、突然降りかかった死を受け入れる事ができなかったのか、食べ物を頬張ったまま死んでいる者や、すやすや寝たまま死んでいる者と、情けない姿ばかりだった。彼女は怒りの涙を流した。
 数々の死体にあらゆる涙を流しながら、彼女は巣の最奥にたどりつく。
 そこで女王蜂は死んでいた。勇敢にも戦ったのだろうか、女王は無念の表情のまま事切れていた。
 一匹になった彼女は横たわっている女王の前で膝をつき、涙が流れるままに泣いた。皆殺しにするだけでなく、生まれて間もない幼虫すら連れ去ったオオスズメバチが憎かった。
しかしできる事は一つしかない。
「外道め! 恥知らずめ!」
 他に一体、何ができるだろうか。

 数々の戦利品を持ちかえっているオオスズメバチ達は、女王から下される栄誉の数々を想像して騒がしかった。セイヨウミツバチの幼虫は、肉団子となって食糧になる。花粉団子や花の蜜も同様だ。そしてその食糧の中でも、ローヤルゼリーはとびきり栄養価が高い貴重品だった。
「さあ、急げ! 皆が待っているぞ!」
 陽気な返答が返ってくる。彼女達には、輝かしい未来しか待っていないのだ。

 四人の男が、神社の屋根の下にある蜂の巣の駆除に成功した。彼らの近くにはワンボックスカーが止まっており、そこに書かれている文字から、彼らが市役所の人間で、巣の駆除を仕事としている事が分かる。彼らは全員が、まるで即効性の高いウィルスに侵された病人を治療する医者が着るような防護服を身につけていた。白い丈夫な布が、隙間なく体中を包んでいる。手袋と服のつなぎ目は固く閉ざされ、靴の方も同じようになっている。白い丈夫な布は頭部も覆っていて、顔の位置にだけ唯一、透明なプラスチックの板がはめ込まれ、外が見えるようになっている。
 彼らは巣を守っていた衛兵蜂の猛襲に辟易しながら、煙でいぶして追い払ったり服から引きはがしたりしていた。
 それが一通り済むと彼らは素早く車に乗り込む。蜂が一緒に車の中に入り込んでいる可能性もあるので、暑苦しいが防護服を脱ぐわけにはいかなかった。
 一人が言う。
「やれやれ、オオスズメバチだけはもうこりごりだ」
 お互いの声が防護服に阻まれ届かないので、服の内部には無線が仕込まれている。
「全くだ。大きいし力も強いし、針なんてミツバチと違って何回でも刺せるもんな。おまけに毒液を飛ばせると来てる」
「ま、でもこれで観光客の安全も保障できるだろうさ」
「そうだな。苦情の電話はもう来ないだろう」
 男達はそう言って、車を発進させた。窓ガラス越しにオオスズメバチがぶつかって、カツン、カツン、と虫にしては大きな音が響いていく。その中でフロントガラスに止まった一匹のオオスズメバチが、雄々しく腹を振り上げて針を突き刺そうとしていた。しかし針は空しくフロントガラスの上を滑るだけだった。それでもオオスズメバチは攻撃を止めない。他に何もできる事が無いからだ。
 男達は言い合う。
「観光客が刺される前で良かったな。あんなでっかい巣、下手すりゃ死人が出たぞ」
「全くだ。観光客は無条件に自分達が安全だと思ってるからな。少しは勉強して来いって話だ。今度、上に言って勉強会を開いてもらうべきじゃないか?」
「誰が出席するんだ?」
「観光客にとって、自然は親しむべきものだ。そこに危険があるなんて露ほどにも思っちゃいないんだ」
「いや、俺はさ、殺す事しかできないのが虚しくて……」
「付き合い方を知らないからな、観光客は。だから殺しておく事しかできないのさ」
「そうかなぁ」
「そうさ」
 山を下って行くにつれ、車にまとわりついていた蜂は少なくなっていき仕舞いにいなくなった。男達は車を止め、車内に入り込んだ蜂やその死骸を外に捨てる。作業が終わり安全の確認が終わると、我先にと防護服を脱ぎ捨てた。
「風が涼しいな。もう秋なんだな」
 離れた所に見える宿泊施設では、食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋に心を躍らせる人々がいる。その人々を守るために、男達はオオスズメバチの駆除に精を出している。
「俺達にとってはスズメバチの秋だけどな」
「やれやれだよ……」
 男達は互いに苦笑して、再び車に乗り込んだ。
作品名:正義と正義と正義 作家名:小豆龍