舞え舞え蝸牛
ふと、久坂の表情が変わる。
なにかに気づいたような表情だ。
そして、距離を詰めてくる。
え、と高杉は戸惑う。
久坂は口を開く。
紅のひかれた口だ。
「高杉、さっき、僕に謝ったよね?」
「あ、ああ」
謝らなくていいと言われたが。
「じゃあ、あのふたり、特にエータをよろしく」
久坂はいっそう近づいて告げた。
小声ではあったが、いつもの美声だ。
その顔には笑みが浮かんでいる。
綺麗な笑みだ。
いつもとは違って化粧をしているので、タチが悪いぐらいに美しい。
いいにおいが高杉の鼻孔をくすぐる。
さすがに、心臓が一度大きく揺さぶられた。
だが、次の瞬間、久坂はさっと身を退いた。
さらに踵を返した。
足早に去っていく。
高杉は久坂のうしろ姿を見送る。
その高杉の背中に。
「よー、高杉」
英太が呼びかけてきた。
「おもしれェもん、見せてもらったぜ」
楽しそうな声。
明らかに、からかうつもりだ。
逃げたい。
そう思ったが、逃げずにいる。
高杉は身体ごと振り返った。
視界に、英太と佐一の姿が入ってきた。
このふたりは自分が引き受けると心に決める。
天女と共に舞を舞った代償として。