一千の夜と
4章 帰る日1
中学の時に修学旅行で使ったバッグに着替えをつめた。
少しだけ逡巡して、冬休みの宿題も一緒に入れる。
「まぁ気をつけて。良いお年を」
クリスマスイブの今日、先ほど終業式が終わった。
特別育成高はこれから、講堂でクリスマスパーティをやる。寮は冬休みに入り、ざわついて、そして浮ついている。たとえここから出る予定がなくても、クリスマス、年末年始と人並みの生活を、をモットーに自由参加の行事は目白押しだ。
楽しむなり、部屋で心ゆくまで怠惰を貪るなり、長期休みは比較的自由が許されている。
そんな中、志野は学年に数えるほどしかいない、“帰省”する生徒になった。
つい先日、血の繋がった兄が見つかって、そして引き取り希望の為、この冬休みを利用してお試し同居。
だから兄が迎えに来たら、そのまま兄の家に行く予定だ。
兄に会ったあの日から、毎日パソコンにメールが来ている。何が欲しいかとか、必要なものはあるかとか、何が好きだとか。
今までに感じたことのないこそばゆさを感じながら、そのメールに一つ一つ返信していくのは志野にとってちょっと恥ずかしいけれど幸せな時間だった。
インターホンがなり、担任から兄である一千夜が駐車場に着いたと連絡が来た。
「じゃあ、行ってくるね、竜太」
「おう、いってらっしゃい。頑張れよ」
「うん」
ちょっと重くなったカバンを持って、志野は寮の前に立っていた担任に連れられて、来客用駐車場まで向かう。
ちょっと離れた駐車場まで歩いていくとこの間乗ったメタリックグレイのスポーツカーが鎮座して、その側に一千夜が立っていた。
サングラスをしていたから、この間とはちょっとイメージが違って、ドクリと志野の心臓がひとつ鳴った。
「じゃあ、志野。こっちが携帯ね。元木さん、とりあえず始業式の朝8時までには一度お返しくださいね」
「了解です。お世話様でした。志野、荷物それだけ?」
担任と兄である一千夜が社交辞令と必要事項を話すのをじっと見上げていた志野は、いきなり話を振られて慌てる。
「う、うん。これだけ。とりあえず」
一千夜はカバンをひょいと志野の腕から取ると片手で軽々と持って、トランクへと詰め込んでしまった。
あれよという間に助手席に押し込まれて、担任に手を振って、気づいた時にはもう外の道路を走っていた。
「サングラス掛けてるから、びっくりした」
ポツリと運転している一千夜に志野が呟く。
ちらりと志野を横目で見て、一千夜が笑った。
「や、だって俺ら目の色素ないだろ。照り返しきついんだもん、雪道だと」
「え、うそ。まだ雪降ってないし!」
「うん。この辺はまだないけど。……父さんと母さんの墓、あの山の中腹の墓地にあるんだ」
指差された真正面の小さな山はうっすらと雪景色だ。
それよりも。
「……最初に連れてってくれるの?」
「志野のかわいいお願いだし。父さんと母さんも早く志野に会いたいだろうし」
一千夜とのメール交換で、行きたい場所を聞かれて。
何より先に志野がお願いしたのが、両親の墓参りだった。
「……ありがとう」
「いや、月命日だしちょうどよかったよ。俺も最近忙しくて行ってなかったし」
山の中腹には確かに5cmほどの雪が積もっていた。クリスマスイブという年の瀬に墓参りする人もいないらしく、墓地は真っ白な雪に包まれている状態だった。
「雪だ……」
「特別育成校だと雪降ったら遊んだりとかしないの?」
「うん、遊ぶけど。ほら僕、ちょっとしたことで体調崩すから。雪の日は窓から見るくらいで」
熱を出せば、同室の竜太にも担任にも、医療スタッフにも迷惑がかかるから、ひたすら大人しくしていた。だからこんな誰も触っていない雪に足を踏み入れるのも初めてで。
「……一千夜がサングラスかけるの分かる。まぶしいねこれ」
さん付けなんてやめてくれ、と散々言われた呼び方を初めて声に出してみた。
口に出すとなんだか凄く馴染んで、嬉しくなる。
さくさくと形容しがたい感触を一千夜と一緒に楽しんで、時々こけそうになるから手を繋いでもらって、そしてそこにつれてきてもらった。
オーソドックスな、「元木家」と彫られた墓石。そんなに古くなくて、そして麓を見下ろせる一番前の列の一番端にその墓はあった。
二人で積もった雪を綺麗に落として水で洗って、一千夜が持ってきた花と線香を立てる。
「――父さん、母さん。志野だよ。ようやくみつけた」
手を合わせながら一千夜が本当に嬉しそうに呟いた。
「二人の分まで、俺が幸せにするから。……志野を残してくれて、逢わせてくれてありがとう」
ふっと、一千夜を見ると、真剣で、でも優しい目をして、志野を見ていた。
ぶわり、と涙が溢れる。
ずっと、心に蓋をしていた。
家族という存在。
でもそのうちの二人には、もう会うことも話すことも叶わない。
「お父さんが死んだ事もお母さんが死んだ事も僕、知らなかった……!!」
逢いたかった……!!そういって泣く志野を、一千夜は優しく抱きしめて、背中を優しく叩いてくれた。
「大丈夫、きっと二人に伝わってるよ」
ジジっと立てた線香の灰が落ちるまで、暫く志野は声を上げて泣いた。
泣きやんで、小さいクシャミをひとつ志野がした辺りで一千夜がガバリと身体を放した。
「あぁ、ゴメン。寒い所に長いこといちゃ風邪引いちゃうよな。さ、家に帰ろう」
「……うん」
家に帰ろう。
寮の部屋じゃなくて、元木の家へ。
(続く)
お久しぶりです。地震の後なんやかんやで必要以上の創作に手を付けられませんでした。
主に精神的な問題です。
なんとかこう復活してきたので、またぼちぼち更新して行きたいと思います。
次のお家編でこのお話は一段落して一端エンドマーク予定。ちょいちょいシリーズ的な感じで書いていく予定です。