一千の夜と
1章 君の存在
シノ。コード2-1022-15。
それが僕に付けられた、個人情報。
そしてそれが僕の全て。
「そういえば、C組のケンジ?死んだって」
「あぁアイツ。そういえば学校来てなかったしなぁ……自殺?」
「そうみたい。病室で切ったって」
「俺ら、傷治りにくいのに……」
殺伐とした会話が投げかけられる。
志野はふうん、と聞きながら次の授業の教科書を開いた。
志野、15歳。身長155cm 体重40kg、東京都特別育成高校1年生。
コード:2-1022-15。
次世代強制育成条例第2期10月22日の15本目の受精卵、という意味のコードだ。
少子化に歯止めがかからないこの国の政府は17年前、とある強制的な法律を作った。
子宮が足りないのであれば試験管で作ればいい。おりしも実用可能な擬似子宮が開発されたことも拍車をかけた。
国民から卵子と精子を徴収し、国で子供を作る。滑稽無等だったが、当時その新法律は強行され、そして卵子と精子の徴収を始めた。
ただ卵子摂取の女性への影響を鑑みて、卵子摂取する女性は経産婦に限る。そしてせめてもの良心なのか受精の組み合わせは夫婦に限ることになっていた。
しかし、自分たちの子供がどこかで生まれているかもしれない焦燥と子供の人権に反対運動が起こり、4年目に法律は改正された。
以後はきちんと合意を取り、生まれた子供は希望によって親元に帰されることとなっている。
ただ、3年分の空白は、2万人の親元不明の子供を作り出した。
見切り発車のプロジェクトだったゆえに、親元の記録と受精卵との記録が照合されておらず探す為には膨大な子供のなかからDNA鑑定をするしかない。
子供のDNAをデータベース化しているが、照合は最終的に人の目にかかる為、順調に遅れているのが現状だ。
2世代目の志野も多分に漏れず、そんな子供の一人だった。
擬似子宮で育った子供は、さまざまな弊害が出る事が分かっている。特に第1世代から第3世代に掛けては実験体だったんじゃないかというくらいさまざまな現象とそれを調べる検査が行なわれている。だから子供達は皆研究所で育ったようなものだ。
色素が薄かったり、成長が遅かったり、性別が不鮮明だったり、内臓が足りなかったり機能していなかったり。
数えられる沢山の弊害が生まれ改善されていった。流石に15年も経てばそんな症状は殆ど現れないくらい改善されているが、特に第3世代までに掛けては全員がそんな症状を持っていた。
親元の不明と研究所での実験生活、そして体の異常。
そんな多苦が合わさって、彼らの精神状態は非常に不安定だった。
自殺率も高い。免疫系に異常のある生徒も多いから、結局隔離された生活になる。これでは病むなと言う方が無理な話だ。
そんな情報がつらつらと頭を過ぎった志野は、そのまま机に伏せる。
そんな当たり前の情報をなぜ今一度思い出してるのかと言うと、死ぬまで続くかと思われたその生活が終わるかもしれないからだ。
今朝、志野は管理室に呼び出された。志野のいる東京特別育成高は特別育成計画の本庁舎と一緒に建っている。いわば特別育成計画の全てを取り仕切っている場所、そして管理室はいわばその更に中枢。
そんな所に呼び出されるのは初めてで、訝しげに教師の後をついていく。
一体自分にどんな不具合が見つかったのかと、志野は身体を固くしていた。それに気づいた担任が、笑いながら大丈夫だよ、と肩を叩く。
「多分、凄いいい話だと思うよ」
ぱちりとウインクをして見せた教師は志野の背中を押すように管理室の更に奥にある管理長室に一緒に入った。
デスクに座っていたのは、集会の時に遠目でしか見たことのない管理長。
簡単な挨拶の後、管理長は書類を手に話し始めた。
その内容は唐突で、ひとかけらの予想も期待もしていなかったものだった。
「実はね、君のご家族らしき人が君を探している」
志野は最初言われた事が理解できなかった。
自分には家族がいない。
周りの皆だってそうだし、この学園の中ではそれは当たり前だった。
「残念ながらご両親ではないのだけれど。君のお兄さんと思われる人物が君を引き取る事を望んでいる」
「なんで、僕だって……?」
辛うじて出た言葉はそんなもので。
だって探している家族は多々あれど、該当に行き着く話はそんなに聞かない。膨大な量のDNAの照合にみんな砕けていくのだ。けれども行き着く確率はそれこそ少ない。志野の通っている学校では1年に一人出るかどうかだ。
「凄い偶然でね。お兄さんは最近自分のご両親がこの計画に参加したと知ったそうで。探し始めたのは本当に最近らしいんだけれども。写真を見て、絶対自分の弟だとおっしゃるので、DNAを照合したらビンゴ、というわけだ。まさか写真を見ただけでたった一人に辿りついたご家族は私の経験上初めてだ」
通常は2万人の写真を見て、少しでも自分たちに似ていそうな子供のDNAと自分達のDNAをあわせていく。けれども志野の兄、という人は一発で志野を探し当てたと言うわけだ。
そんなに似ているんだろうか、誰かに。
そして、兄が最近知ったと言う事は両親はどうなのだろうか。
「ここに残るのも、お兄さんの望み通り外に出るのも君次第だ。日曜日にお兄さんが面会にいらっしゃるからよく考えて見なさい」
管理長はやさしく志野の頭を撫でてくれた。
先入観があっても困るから、と詳しい説明も兄の名前も年齢も教えてもらえなかった。当日、本人からお話があるからと言われてしまった。
引き取られるか残るかは分からない。
ただ、知りたいと思う。
なぜ、両親は兄にそれを言わなかったのか。
なぜ兄は今になって知って、そして探そうとしたのか。
自分でも思っても見なかった感情に振り回されて志野の一週間はあっという間に過ぎていった。
休日なのに制服を着込む志野を同室の竜太が不思議そうに見つめている。
「どしたの、おまえ」
「なんか兄だと名乗る人が来てるんだって」
「――マジで?」
「なんかマジらしいよ。DNA鑑定の詳細結果も今日出るんだって」
最後にネクタイを締めて、驚きに満ち溢れている竜太にどうしようかね、と志野も首を傾げる。
「選ぶのは自分次第だって言われた」
「ふうん。――俺達って色々と酷なこと選ばされるよな」
健闘を祈るぞ、と拳を上げた竜太に拳をつき返して、志野は寮を出た。
寮の入り口には担任が待っていてくれていた。
「やあ、おはよう」
「おはようございます」
二人連れ立って、また管理長室へとむかった。