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使用人一族の娘

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 私の家は、たぶん、一般家庭と比較して、大分変わっている、と思う。
「繭も十六歳になったんだから、これからはちゃんと高見沢家の使用人としての自覚をもつこと。わかってる?」
「……子供の時から何回聞かされてると思ってるの、それ」
「言われるのと実際にやるのとでは全然違うでしょ。いい? 私たち家族のことも、仕事中はちゃんと名前で呼ばなきゃだめよ」
「わかった、わかった。幸彦さんと、春江さんと、譲さんでしょ。間違ってもじいちゃんとか、母さんとか、兄さんとか、そんな風に呼ばないから」
「そうそう。明日、初子さまと俊也さまに繭のことを紹介するから、学校終わったらすぐ帰ってきなさいね。部活とか委員会とかないでしょ?」
「高校入学前に言われた通り、委員会にも部活にもなんにも所属してませーん。ホームルームが終わったらすぐ帰ってくる。それでいい?」
「うん、それでいい。ああ、母さんまで緊張してきた。どうしよう。譲が十六歳になった時も緊張したけど、やっぱり自分の子供を高見沢家の方々に紹介する時って本当に緊張するのね。繭、分かってると思うけど、ばかなこと言ったりやったりしないでよ」
「とりあえず、母さんが喋り終わるまで黙って立ってるよ。紹介は母さんがやってね。私、なんて言えばいいか分からないし」
「まあ、それでいいけど……。でも、ご挨拶はちゃんと繭がやりなさいよ。名前言って、よろしくお願いしますって言って、それから……」
「母さん、心配しすぎ。挨拶くらいちゃんと言えるってば。私がどんくらい母さんとじいちゃんのスパルタ教育受けてきてると思ってんの?」
「そうだけど、やっぱり心配じゃない……」
 そう言って、はあ、とため息を吐く母さんは、ダイニングの中をうろうろとしながら「やっぱり心配だわぁ」と呟いた。私は、むしろそんなに心配ばっかりしている母さんこそ何かばかな真似をやってしまうんじゃないか、とそっちの方が心配になった。私と同じことを考えているのか、父・修治と兄・譲も私の隣で苦笑いを浮かべている。
「春江、繭はしっかり者だから、そんなに心配しなくても大丈夫じゃない?」
「そうだよ母さん。繭は俺よりもずっと優秀なんだから。心配しすぎると、母さんこそ明日失敗しちゃうよ」
 だいたい、初子さまに紹介するって言ったって、ほんの数分のことでしょ? 笑いながら兄さんがそう言うと、母さんは「そうなんだけど……」と兄さんの言葉を肯定しながらも、明らかに不安が払拭しきれてないような表情を浮かべた。多分もう何を言っても無駄に違いない。
「……とりあえず、明日は早く帰ってくるから。それでいいんでしょ。使用人服もそろってるし、クリーニングも済んでるし、体調も悪くないし。ちゃあんと一条家の娘として、高見沢家で頑張らせてもらうわよ」
 私の言葉に、母さんはようやく「そうね、そうよね」と些か肯定的な言葉を発してくれた。表情は相変わらずだったけれど、母さんの心配性な性格からすれば仕方ないことだろう。私は、母さんに聞こえないように小さく息を吐いた。
 私が生まれた一条の家には、いったい何時代から続いているのか誰も知らないような、だけど決して変わることのない決まりがあった。「一条家の人間は、高見沢家に仕える」という、大昔から不変の決まりだ。紐解いていけば、おそらくご先祖さん同士で何かがあってそういうことになったんだろうけど、もはやそのルーツを知っている人間は誰もいない。ただ、そういうしきたりが相互の家に残っているのだ。そしてそれは、二十一世紀である現代にも語り継がれていた。
 即ち、現代に生きている一条家の人間である私にも、そのしきたりはしっかり適応されている、というわけだ。
 そんな私の友人たちは、私の家のことを聞くと大抵「そういうの嫌じゃないの?」と顔を顰めた。
 というのも、このしきたりのおかげで私は小さい頃から色んな勉強や習い事をしなければならなかったから、クラブ活動や委員会活動に参加することも出来なかった。そうすると当然、友人たちはその理由を知りたがる。私は、特に家のことを秘密にしようとは思っていなかったから、聞かれれば素直にしきたりのことを友人たちに告げた。そして、それを聞いた友人たち――普通の感覚をもった女の子たちは、私の家のことをとても不思議に思うのだ。ようは、そんな古びたしきたりに乗っ取って他人の家に奉公に出るようなまねを嫌だとは思わないのか、と。
 私は、友人たちからそう聞かれた時、だいたい「あはは」と笑って済ませることが多かった。むしろ、笑って済ませるしかなかった。
 逆に、私は彼女たちに問いたい。
 たとえば、幼稚園に行く前に必ず「一条家の子孫たるもの」という長ったらしい精神論みたいなものを祖父に説かれるとか。たとえば、立ち上がれるようになったその日から、母に正しい礼の仕方を仕込まれるとか。たとえば、高見沢家の方々が好む味付けとか、当主である俊也さまのシャツの干し方とか、俊也さまの奥様である美雪さまのブランケットの洗濯のし方とか、屋敷の何処に何があって、どれが誰のためのもので、それをどのように仕舞わなければいけないとか。
 いわゆる、「高見沢家の使用人になるためのハウトゥー」みたいなものを生まれた時から仕込まれ続けて、今更「やっぱり嫌です」なんて言えるわけがあると思いますか、と。
 少なくとも私は言えない。あいにくと、もう芯からすっかり一条家の子孫に染まってしまっているらしい。祖父の精神論さまさまである。
 そして一条家の人間は、十六歳になると同時に高見沢家の使用人になる。なぜ十六歳からなのかとか、その辺はよく分からない。ただ、大昔からそう決まっているらしいので、今まで一条家の人間は例外なく十六歳になると同時に高見沢家に仕えてきた。
 私こと一条繭は、本日迎えた誕生日で、ちょうど十六歳になった。女の十六歳といえば、法的に結婚できる年齢だとか、今までの誕生日と比較して少しばかり特別な感じがする。しかし、一条家に限っては、法的な結婚云々よりも何よりも「高見沢家の使用人になる時がきた」という、その一点が重要なのだ。
 つまり、ついに私にもその時がきたというわけだ。
「繭は大丈夫だよ、母さん。俺もついてるし、きっと坊ちゃんともうまくやるよ」
「そうねえ、そうだといいけど。坊ちゃんとは同い年だし、きっと仲良くやれるわよね」
「うーん、仲良くやれるかどうかはその坊ちゃんと会ってみないと分かんないけど。まあ、なんとかなるんじゃない?」
 不安がないとは言わない。しかし、生まれた時から高見沢家の使用人になるために育てられた身としては、不安よりも「今までこんだけ色々やってきたんだから、どうにかなってくれないと困る」という気持ちの方が正直大きい。
 まあ、私が専属でつくことになるらしい坊ちゃんがどんな人間かは知らないけど、多分なんとかはなるだろう。むしろ、十六年の間で鍛えた使用人スキルを発揮すれば、どうにかならないはずがない。
 私は、そんな軽い気持ちで十六回目の誕生日を終えた。

 誕生日を迎えた次の日、帰りのホームルームの時間。いつもなら担任がちょこっと喋ってそのまま解散さようならなのだが、今日は少しだけいつもと違っていた。
作品名:使用人一族の娘 作家名:みなみ