山行記
回 想
下山すると、あちこちにできた雪解による水溜りにはカエルの産卵がみられた。長い寒天状の筒の中に黒い球が規則正しく配列されており、それに埋もれたオスとメスのカエルが交尾姿勢で、石のように動こうともしない。別の水溜りにはもうおたまじゃくしが泳いでいる。小さな水溜りなので水が乾いたらどうするのか、と心配するが、そういった条件でも生き残れるものはたとえわずかでもいるのだ。そういった生命力の強い個体のみに次世代を繁栄させていく権利と義務が課せられているのだ。
山から無事に下山することができた私にとって、そこにみる生命の誕生と自然の過酷さに、言い知れない深い感銘と共に生きることに対する喜びをかもし出させてくれた。そして生きているからには充実した人生を送りたいと思う。
道すがら、過去と現在を振り返って、将来にてらして考えてみた。
とにかく雪壁ルートを登りたかった。一度だけでいいから同行させてほしい、と竹田さんに告げた。このごろの我が会の活動状態では私の希望する登攀も望めそうになかったので、ザイルを組める人を求めて、また技術を盗むつもりで紫岳会の門を叩いたのだ。
1月の終わりごろ、竹田さんから、鹿島へ行くか、と持ちかけられた。紫岳会の多くのメンバーが参加するというので躊躇したが、行く、と返事をした。その時から私の体力トレーニングが始まった。会社の行き帰りにはできるだけ走るようにし、脚力の強化をはかり、ストレッチ体操も取り入れた。ゲレンデでのアイゼンワークにも精を出した。少なくとも迷惑をかけない山行をしたい。不安と、ルート開拓を経験したいという希望との日々が過ぎていった。
ルート開拓は天候不良のためできなかったが、多くの新しい経験と知識を得ることができた。友愛の尊厳を身をもって受け止めることができ、同じ目的を持って苦しいトレーニングに耐え、技術と装備にたゆまざる研究を重ね、時には自分の意見を激しくぶつけあい、論じ合ってきたからだと信じたい。
私たちは、仲間なのだ。
大町は初夏の日差しである。充実感に加えて緊張から解放され、心地よいけだるさの中でこれからの山行のことを考えてみる。
やっぱり私は山に登り続けたい。より高度な技術と体力を要する山へ。21ピッチにも及ぶ雨中の夜間登攀の経験は、精神的支柱のひとつとして残り続けることだろう。