ウブメ橋
4.再び私と伊藤麻衣子
ウブメ橋での出来事はこれでおしまい。
私はペンを止め、椅子に深く座りなおす。
「止めたかったのね」
「高尾君は私にとっても大切な友達でしたから」
伊藤麻衣子は穏やかな笑みを零す。
渡野近君と同じように彼女もかつては孤独な学生であった。
最終的に騙されたことがわかっても、一時でも高尾君のことを信じていたならば、伊藤麻衣子にとっては高尾君は友達なのかもしれない。
渡野近君はどうなのだろう。
「その後の渡野近君は?」
「うちの大学の一年生やってますよ。そうそう、うちの大学に面白い人がいてですね、色々冒険してるみたいですよ」
「それはまた幽霊絡みの?」
「渡野近君も私も、巻き込まれやすい体質なんです」
厄介なことに巻き込まれているようだが、もう彼は一人ではないようだ。
ノートを閉じ、ICレコーダーを切る。
心地よい音楽が流れる店内に甘いシロップがかけられたコーヒーの香りが広がる。
同時に男女が言い争う声。
男子学生の馬鹿笑い。
対応に追われる店員がテーブルの間を縫うように走り回る。
ああ、これが現実。
私はもっと他人が主役の物語に浸っていたい。
他人の人生を覗き見たい。
まだまだ全然足りない。
「今度は大学生になった渡野近君とその面白い人の話が書きたいな。よろしく伝えておいて」
レシートを持って伊藤麻衣子と共に席を立ちあがる。
テーブルの下から私の足を誰かが掴んだ気がしたが、それはきっと気のせいだ。