ウブメ橋
3.男子学生と伊藤麻衣子、そしてウブメ
高尾に言われるまでもなく、伊藤麻衣子という女性の言葉に耳を傾ける気はなかった。
初めて伊藤麻衣子が現れた日から何度か彼女は僕に話しかけてきたが、僕は無視をし続けた。
いつの間にか一週間ほど彼女が姿を見せない日が続いていた。
高校の一学期が終わり、受験の夏が始まった。
学校、予備校、家をぐるぐる回る毎日。
高尾は学校の受験対策クラスに登録していないのか、彼を学校で見かけることはなかった。
つまらない。が、たった四日ほどの辛抱だった。
いよいよ明日が夏祭りという日に予備校からの帰り道で偶然伊藤麻衣子に遭遇した。
いつもは気の弱そうな伊藤麻衣子だがその時は切羽詰っているのか、彼女は強い眼差しで僕を射た。
「こんにちは。渡野近君」
「関わらないで下さい。迷惑です」
そういう僕の声は震えていた。明らかに僕よりも力の弱そうな女性に対して何をそんなにも怯えているのか。
僕という人間は昔からこうだ。
幽霊も妖怪も、宇宙人だって、虫だって動物だって怖くないのに、唯一人間がとてつもなく怖い。
彼女は僕の腰が引けているところを見落とさずに、強気に僕を近くの公園へと誘い、僕は彼女に強引に公園へと連れて行かれた。
そこで伊藤麻衣子の話を聞かされる――というのには少々語弊があり、僕が話さないから、伊藤麻衣子が一方的に話す形になる。
現在大学生の伊藤麻衣子は今は大学の近くで一人暮らしをしているが実家はこちらにあるらしい。
高校は僕と高尾が通う高校を卒業した。つまりは僕らの先輩だ。
「私、ウブメに会ったのよ」
彼女は唐突に三年前の出来事を話し始めた。
ウブメに会ったこと。
赤ん坊を抱かされたこと。
その横には――高尾がいたこと。
そして高尾に騙されていたこと。
僕だって何から何まで高尾の話を信じているわけではない。
ウブメに会えば宝物がもらえることなんて信じていない。
本気で願い事が叶うなんて、生まれ変われるなんて、人生がやり直せるなんて、思っちゃいない。
でも、一つだけ、それだけは信じたくなかった。
「俺は高尾を信じます。だって高尾はたった一人の僕の友達だから」
伊藤麻衣子は瞳を潤ませて、何かを我慢するように下唇を噛み、僕の傍からそっと離れていった。