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地球の眠り

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地球の眠り     作 丸山 雅史






──僕は大人になることを躊躇った感情を抱いたまま、夢の世界でふと目を
覚ました。自分は大人になる資格が無いと思っていた。何より大人になると、
必ず背負わなければならない責任の重さに押し潰されてしまう自分の姿を想像
する度、吐き気がした。

だから大人になることを止めた。ずっと子供のままでいたいと思った。しか
し大人になることを拒む権利など、末やインターネットでくまなく探したが、
世界中の何処にもなかった。大人になることを放棄する方法なんてものは。

心の成長は食い止めることができたが、肉体の成長はどうしても阻止できな
かった為に(その結果周りが僕のことを無意識に大人だと認識してしまうから)、
僕は飛び降り自殺をした。

生憎、この夢では意識を自在に操作する力が備わっていた。だから気付いた
んだ。僕は死ぬことに失敗したんだってことを。でもその絶望はすぐさま暗闇
の森の生暖かい風に包まれ吹き出て行った。破壊された脳が創り出した夢は意
識とは別の次元で(夜空から降ってくるように)動き始めた。





湿気の多い暗闇の断片が興味を惹き付けた。しかし眼球を動かす感覚はまる
で感じなかった。目の前に月の光が浮かんだ小さな湖があった。その周辺はと
ても明るかったが、僕の心は深い深い海底のように暗かった。

光の照る領域へ踏み出した僕は、足枷のような自分の影を疎ましく思いなが
ら(その先を辿ればいつでも目覚めることのできる現実の世界と繋がっている
と感じたからだ)、湖に近付いていった。光が沈殿した小さな湖は、微風でも
人の心のような繊細な湖面に波紋を広げていった。光がさらに煌めいて、広が
っていった。その光景を見て、僕は胸が苦しくなった。きっと現実の僕(脳)
に、苦痛を感じるような出来事が発生したのだろう。そして夢だという認識が
あるにも係わらず、脳は現実から引き摺ってきた(その痕跡は後ろを振り返っ
ても無かったが)、苦悩で埋め尽くされていた。それは現実の世界で抱えてい
た病んだ心や恐怖の妄想が、夢の世界にいても存在する何よりの証拠だった。

湖の周りだけ開けた森の上空に、冷たそうな満月が浮かんでいた。僕はとて
も無性に喉の渇きを感じ、湖の水を両手で掬って三、四回飲んだ。液体が喉を
伝っていく感覚はなかった。もっと飲みたいという欲望が頭の片隅を占領して
いたが、僕の夢は進んでいった。時間という概念が現実から発生していること
は薄々感じていたが。でもその概念は無意識の内に夢に押し潰され、呼吸を止
められていた。心が丘陵したまま、いずれ忘れるまで、僕の意識を支配してい
た。


湖畔を回って、暗闇に満たされた森の中に入っていった。元来持ち合わせて
いた心の闇と、その暗闇が求愛し合って(この表現はいかがなものか、とこの
物語を語る僕はふとキーボードの上の手を止めて、暫く考えていたが)、森の
奥へと進んでいった。脳は僕が望んでいる世界の具現化を承認し、終わりの無
い森を僕の視界に映し出した。

僕の心の中には君がいた。僕の涙腺は緩み、熱いものが出口を求めていた。
僕はいつの間にか森の中の砂漠に出た。砂は灰色に澱んで、冷たい風が吹き抜
けていった。砂漠の真ん中には、朽ち果てた井戸が身を沈めていた。僕の喉の
渇きは、途轍もなく、井戸の中を貪り覗いたが、まるで嘲笑うかのように地下
水は枯れていた。井戸の内側の、ひんやりとした壁に手を当てていると、体が
その中に転落していった。井戸の中の暗闇が、ずっと視界を占領していた。我
に返ると砂漠でも井戸の中でも無い場所、僕は深い森の中の、さっきの湖畔に
立っていた。空はピンク色だった。脳が創造した空間に、僕は再びやって来た
のだ。





不思議なくらい穏やかな気分になり、この夢は楽しい夢なんだと思うように
なった。僕はどのくらい湖畔に立っていたか分からなかった。ただ、脳がしば
らくの間創造の休息を取る為に、意識を持っているはずなのに、視界は暗闇に
満たされ、心の外が(体を除いて。この空間の外側の世界が)物凄まじいスピ
ードで流れていくのを感じた。ピンク色の空はいつの間にか、降るような星空
に変わっていて、喉の渇きを潤すような星々がぐるぐると回転し、星が無数に
流れていった。僕は時を待っていたかのように、また森の奥へ進んでいった。
自殺は途轍もなく印象深いものだったので、何時までも夢が終わらないのは、
死に損ないをしたのかと頭の片隅で.しだけ認識していた。しかしそんな推測
はすぐに忘れ去られてしまった。





そこで僕の欲望が満たされた。現実世界で意識が戻ったのである。母親や父
親や兄弟達の表情が思い浮かんだ。しかし、普段日常で目覚める時に、「まだ
眠りたい」という願望に唆されて再び眠りに落ちるように、僕は夢の中の限り
なく現実に近い夢の世界から、再び夢の世界に戻ったのである(その目覚めた
夢の世界にいた時、僕の意識は絶え間なく、二つの世界を行き来していた)。






僕は月の光に照らされていない湖畔に立っていた。これで三度目だ。人の心
を映すような磨き抜かれた鏡のような湖。鏡のような湖だから水を飲むのを拒
んでいる自分がいた(ガラスの粉未などが混ざっていては大変だとなどと、こ
んな状況にありながら、そんな心配をしていた)。でも僕はその湖の中に浮か
んで身を浸したいと思った。僕の心には明らかに異質な感情が紛れていた。僕
にそぐわない感情が。体が濡れることを嫌がっている矢先に、夢は僕の心の望
みに従って、ゆっくりと湖の中へ体を沈めていった。

どのくらい経っただろうか。仰向けに浮かんでいた僕は湖から上がり、森の
奥へ繋がる入り口の前に立っている、ある.女の所まで歩いていった。それは
幼き頃の君だった。君は白いワンピースを着ていたが、どんな表情をしている
のか識別することはできなかった。暗闇はそこまで濃くなかったのだが。僕は
ずっと昔から思っていたように、君を抱き締めたかった。君は僕よりだいぶ体
が小さかった(この夢を描写している僕もその.女を夢見たことがある)。君
と話したくて、何か挨拶のような音を発したが、君になんと言ったか、横隔膜
の微々たる振幅で推測するしかなかった。おそらく、僕が言いたいことを君に
伝えられたような気がする。すると、君は表情を笑みに変え、僅かにその声が
僕の脳に届いた。僕は咄嗟に返事を返したが、君は微笑んでいるばかりで、そ
んなやりとりを何度か繰り返した。すると、ある時に、君はニッコリしながら、
僕の肩に両手を置き、草むらに膝を付かせると、君も膝を折って、手話なのだ
ろうか、身振り手振りで、僕に、膝の上に頭を置いてと伝えた。何故僕がその
手話らしきものを理解できたのか分からない(きっと夢の世界だからだろう)。

暫く生前の事を思い出していて、意識を元に戻すと、君は、僕の耳から水を
抜いてくれていた。僕が自分の声や君の声を聞き取れなかったのは、先程浸か
っていた湖の水が耳の中に入っていたからであった。僕が下に向けている左耳
作品名:地球の眠り 作家名:丸山雅史