チェリーと詩人
あるところに、配達の仕事をしながら詩を書いている青年がおりました。彼の夢は詩人になることでした。もう一つの夢は、病気で失った愛する恋人ともう一度会うことでした。しかし、どちらの夢も叶いそうにありませんでした。特に、死んだ恋人ともう一度会うなどということは、絶対にありえない話でしたので、誰にも打ち明けることができずにひとり悲しみに暮れておりました。
ある時、彼はよく配達物を届けている一軒家の庭に、白黒の子供のチワワ犬が赤いひもに結ばれて、ぐったりしているのを見つけました。今までさんざんこの家に配達をしていたのに、その小犬の存在に気付くことはありませんでした。あいにくその家の人はるすで、辺りには誰もいませんでした。彼は荷物を玄関に置いて、恐る恐るその小犬に近付いていきました。すると、その「チェリー」という雌の犬は、体中うす汚れているうえに傷だらけで、血を出しているではありませんか。人の気配を感じたのかチェリーはゆっくり顔を上げまぶたを開けました。チェリーの大きくて真っ黒なひとみを彼はどこかで見たような気がしました。そうか…それは亡くなった彼の恋人のものでした。彼はしばらくその場を動けませんでした。そのぬれたひとみは、まさに彼女のひとみそのものだったのです。彼はむいしきの内に、そのチェリーに顔を近づけていると、突然その家の家族たちが車で帰ってきたので、チェリーから体を離し、荷物の場所まで戻りました。そして、深くぼうしをかぶり直して、車から降りてきた家の人たちに、配達物を渡し、サインをもらいました。トラックへ戻って伝票を見ているふりをして、恋人そっくりなひとみのチェリーのようすを見ていると、なんと、その家の子供たちが、チェリーをけったりたたいたりして、いじめていました。しまいには、両親達もけったりつばを吐いたりしていました。彼はびっくりしました。あの汚れた体や、たくさんの傷は、あの家族たちがつけていたのです。その時、彼のこころに、あの小犬を助けたい、という気持ちがわき上がりました。家族がぶきみな笑いをうかべて家の中に入ると、彼はすかさずトラックから降りて、さっきのぼう力で意識のなくなったチェリーの元へ近寄り、持っていたカッターナイフで赤いひもを切りました。そして、チェリーを抱きかかえ、急いでトラックの助手席に座らせたのです。彼はじぶんが何をしてしまったのか分かりませんでした。むが夢中で、トラックのエンジンをかけると、すぐさまはっしんさせ、住宅街を出ました。
ぬすんだ小犬のチェリーはトラックが国道に出るととつぜんいしきを取り戻し、「キャン! キャン!」と力なくほえ、助手席でグルグル回って彼に飛びかかってきたので、彼はあやまってハンドルを切ってしまい、あやうくたいこう車線の車としょうとつしそうになりました。彼はチェリーをなんとかなだめようとしましたが、チェリーは車の中でさらにあばれ回り続けました。しかたなく、彼は近くにあったドラッグストアへ車をとめると、店員から車庫の中からてきとうなダンボールを一つもらって、チェリーをその中に入れて、ガムテープでふたをし、ちっそくしないように空気穴を開けました。
配達が終わると、彼は会社に戻って、トラックを返しました。その時、彼が持っていたダンボールを見た上司に、「そのダンボールは何だ?」と聞かれて彼は、ぎくっ、としましたが、「…おとどけ先の家がるすだったんですが、先ほどれんらくがあって、近くですから、今から配達し直します…」とごまかして、もう一度トラックに乗り込み、家族と住んでいる自宅の近くに止め、家族に見つからないように家へ上がって、自分の部屋のベッドの下に押し込みました。すると、チェリーは目を覚ましたのか、またキャンキャンとうるさくほえたので、彼の母親が様子を見に来ました。空耳じゃない? と彼はごまかし、母親が部屋から出て行くと、すぐさま家を出てトラックを会社に返しました。
帰り道に、これから予想されるであろうじたい、つまり、小犬をぬすんでしまったことであの家の家族がけいさつにそうだんすると、大変なことになるということが頭の中をかけめぐりました。でも、これでよかったんだと自分に言い聞かせました。
家に再び帰ってくると、食事も取らず、お風呂にも入らずに、ベッドの下からダンボールを取り出して、ガムテープをはがしました。すると、さきほどよりもぐったりしているチェリーがダンボールの底に血だまりを作っていました。彼はすぐさまきゅうきゅうばこを取ってきて、けがのちりょうをしてあげました。そしてみんなが寝しずまった後、ホットミルクを皿で持ってきて、チェリーに飲ませてあげました。するとチェリーは少し元気になった様子で、キャン! キャン! とほえました。彼はあわててダンボールを閉じて、鳴き止むのを待ちました。そのうちなんだか疲れて眠たくなってきたので、かわいそうでしたが、またダンボールにガムテープをはり、ベッドの奥へ押し込んで、電気を消して布団にくるまり、今日一日のことを思い返しながらいつの間にか眠ってしまいました。
その真夜中、彼は誰かにかたをゆすられたので、ゆっくり目を開けると、なんとチェリーがカーテンのすき間からもれる月の光を浴びて、後ろ足で二本立ちして、じっとぬれたひとみをさらにぬらして彼の顔を見つめていました。チェリーはとつぜんこう言いました。「私はあなたの愛していた恋人の生まれ変わりよ。あなたが助けに来るのをずっと待っていた…」
彼はチェリーの毛一本一本がキラキラかがやいているのを見ました。チェリーが人間の言葉を使い恋人の声でしゃべっていることにおどろいていたのではなく、その小犬の美しさにいきをのんでいたのです。彼はずっと死んだ恋人ともう一度会いたいとのぞんでいました。だから、その不思議なことをすんなりと受け入れて、「本当かい…?」と呟きました。
チェリーはこくりとうなづいて、そっと彼の手を引いて外に出ました。
まるで夢のような星のきれいなさむ空の下の近くの公園で、彼はチェリーとダンスしました。チェリーのひとみはまさしくしょうしんしょうめいの恋人のひとみで、彼は一瞬にして心をうばわれました。するととつぜん近所ののら犬達が小犬と同じように二本立ちでやって来て、ゴミ捨て場に捨ててあったというラジオを持ってきて、チューニングをして音楽を流しました。皆おのおの曲に合わせてダンスをしました。曲は何度もくり返し流れて、さむ空の星達もクルクル回りながらおどり続けました。
「動物はみんな大切な人の生まれ変わりなのよ。でも、私のようにいじめられたり、捨てられた人達はとてもかわいそう」とチェリーはさびしげな表じょうをしてうつむきました。
ある時、彼はよく配達物を届けている一軒家の庭に、白黒の子供のチワワ犬が赤いひもに結ばれて、ぐったりしているのを見つけました。今までさんざんこの家に配達をしていたのに、その小犬の存在に気付くことはありませんでした。あいにくその家の人はるすで、辺りには誰もいませんでした。彼は荷物を玄関に置いて、恐る恐るその小犬に近付いていきました。すると、その「チェリー」という雌の犬は、体中うす汚れているうえに傷だらけで、血を出しているではありませんか。人の気配を感じたのかチェリーはゆっくり顔を上げまぶたを開けました。チェリーの大きくて真っ黒なひとみを彼はどこかで見たような気がしました。そうか…それは亡くなった彼の恋人のものでした。彼はしばらくその場を動けませんでした。そのぬれたひとみは、まさに彼女のひとみそのものだったのです。彼はむいしきの内に、そのチェリーに顔を近づけていると、突然その家の家族たちが車で帰ってきたので、チェリーから体を離し、荷物の場所まで戻りました。そして、深くぼうしをかぶり直して、車から降りてきた家の人たちに、配達物を渡し、サインをもらいました。トラックへ戻って伝票を見ているふりをして、恋人そっくりなひとみのチェリーのようすを見ていると、なんと、その家の子供たちが、チェリーをけったりたたいたりして、いじめていました。しまいには、両親達もけったりつばを吐いたりしていました。彼はびっくりしました。あの汚れた体や、たくさんの傷は、あの家族たちがつけていたのです。その時、彼のこころに、あの小犬を助けたい、という気持ちがわき上がりました。家族がぶきみな笑いをうかべて家の中に入ると、彼はすかさずトラックから降りて、さっきのぼう力で意識のなくなったチェリーの元へ近寄り、持っていたカッターナイフで赤いひもを切りました。そして、チェリーを抱きかかえ、急いでトラックの助手席に座らせたのです。彼はじぶんが何をしてしまったのか分かりませんでした。むが夢中で、トラックのエンジンをかけると、すぐさまはっしんさせ、住宅街を出ました。
ぬすんだ小犬のチェリーはトラックが国道に出るととつぜんいしきを取り戻し、「キャン! キャン!」と力なくほえ、助手席でグルグル回って彼に飛びかかってきたので、彼はあやまってハンドルを切ってしまい、あやうくたいこう車線の車としょうとつしそうになりました。彼はチェリーをなんとかなだめようとしましたが、チェリーは車の中でさらにあばれ回り続けました。しかたなく、彼は近くにあったドラッグストアへ車をとめると、店員から車庫の中からてきとうなダンボールを一つもらって、チェリーをその中に入れて、ガムテープでふたをし、ちっそくしないように空気穴を開けました。
配達が終わると、彼は会社に戻って、トラックを返しました。その時、彼が持っていたダンボールを見た上司に、「そのダンボールは何だ?」と聞かれて彼は、ぎくっ、としましたが、「…おとどけ先の家がるすだったんですが、先ほどれんらくがあって、近くですから、今から配達し直します…」とごまかして、もう一度トラックに乗り込み、家族と住んでいる自宅の近くに止め、家族に見つからないように家へ上がって、自分の部屋のベッドの下に押し込みました。すると、チェリーは目を覚ましたのか、またキャンキャンとうるさくほえたので、彼の母親が様子を見に来ました。空耳じゃない? と彼はごまかし、母親が部屋から出て行くと、すぐさま家を出てトラックを会社に返しました。
帰り道に、これから予想されるであろうじたい、つまり、小犬をぬすんでしまったことであの家の家族がけいさつにそうだんすると、大変なことになるということが頭の中をかけめぐりました。でも、これでよかったんだと自分に言い聞かせました。
家に再び帰ってくると、食事も取らず、お風呂にも入らずに、ベッドの下からダンボールを取り出して、ガムテープをはがしました。すると、さきほどよりもぐったりしているチェリーがダンボールの底に血だまりを作っていました。彼はすぐさまきゅうきゅうばこを取ってきて、けがのちりょうをしてあげました。そしてみんなが寝しずまった後、ホットミルクを皿で持ってきて、チェリーに飲ませてあげました。するとチェリーは少し元気になった様子で、キャン! キャン! とほえました。彼はあわててダンボールを閉じて、鳴き止むのを待ちました。そのうちなんだか疲れて眠たくなってきたので、かわいそうでしたが、またダンボールにガムテープをはり、ベッドの奥へ押し込んで、電気を消して布団にくるまり、今日一日のことを思い返しながらいつの間にか眠ってしまいました。
その真夜中、彼は誰かにかたをゆすられたので、ゆっくり目を開けると、なんとチェリーがカーテンのすき間からもれる月の光を浴びて、後ろ足で二本立ちして、じっとぬれたひとみをさらにぬらして彼の顔を見つめていました。チェリーはとつぜんこう言いました。「私はあなたの愛していた恋人の生まれ変わりよ。あなたが助けに来るのをずっと待っていた…」
彼はチェリーの毛一本一本がキラキラかがやいているのを見ました。チェリーが人間の言葉を使い恋人の声でしゃべっていることにおどろいていたのではなく、その小犬の美しさにいきをのんでいたのです。彼はずっと死んだ恋人ともう一度会いたいとのぞんでいました。だから、その不思議なことをすんなりと受け入れて、「本当かい…?」と呟きました。
チェリーはこくりとうなづいて、そっと彼の手を引いて外に出ました。
まるで夢のような星のきれいなさむ空の下の近くの公園で、彼はチェリーとダンスしました。チェリーのひとみはまさしくしょうしんしょうめいの恋人のひとみで、彼は一瞬にして心をうばわれました。するととつぜん近所ののら犬達が小犬と同じように二本立ちでやって来て、ゴミ捨て場に捨ててあったというラジオを持ってきて、チューニングをして音楽を流しました。皆おのおの曲に合わせてダンスをしました。曲は何度もくり返し流れて、さむ空の星達もクルクル回りながらおどり続けました。
「動物はみんな大切な人の生まれ変わりなのよ。でも、私のようにいじめられたり、捨てられた人達はとてもかわいそう」とチェリーはさびしげな表じょうをしてうつむきました。