撃剣を使う少年
「やめーい!」騒擾を打ち破る声が響いた。剣士達は一斉に礼をし、竹刀を納刀、馬背を割るように両端へ退く。
「誰も怪我はないかー!」道場の上座から、師範代が。
「はーい!」数十人のマメ剣士達が、力一杯返事をする。
「よーし!、全員礼!!」下座で、わが子の稽古ぶりを見ていた父兄達も会釈を返す。
「ありがとうございました!」上座に向けて、マメ剣士達が、床に頭をつける。防具をハズすと、何処にでも見かける現代っ子達だ。道場内を喧騒が渦巻いた。その様を目配りしていた師範代のもとへ。
「師範代、ちょっと」と、かかり稽古の相手をしていた教士の一人が。全体の指導教官で、マメ剣士達の総責任者だ。
「うん、君か、何だね?」
「翔太君のことなんですが、気づかれておられると、思いますが、、、」言いずらそうに口ごもる。
「猛者が、どうしたんだね、ハッキリ言ってみろ」この教士、府警内でも名うての剣士である。翔太は道場きっての逸材で、指導教官も目をかけていた。
「師範代の先輩のことですので、控えておりましたが」と、言い乍、はちきれそうになっている左腕の筒袖をまくり上げ。
「見てください」と。
「うん、これは、翔太か?」太い腕に紫がかった、あざが数箇所。
「う~ん」その腕を見て、師範代が唸った。一ヶ月ほど前から、教士は異変に気づいていた。ある日、翔太との模擬試合形式の稽古だった。
「イェーイ、トーゥ!!」翔太の竹刀が、眼前に突き出され、交わそうとした瞬間、左の横面を打たれた。避けきれずに、下がると。
「ツエーイ、ツエーイ、ツエーイヤー!!」気合を発し、寄せ足を使って、突き、横面を髪を入れずに繰り出してくる。鉛のような重い打突が連続して襲ってきた。下がりながら左腕で受け続けた。籠手をつけているのだが、とても、小6の子供とは思えない。あざが、打撃の激しさを物語る。
二ヶ月ほど前、老朽化した府警本部庁舎が立替られ、道場開きが盛大に催された。その折に、道場の無事を祈願するため奉納演武が披露され、古武道関係者が数人招かれた。
「翔太君のことなんですが、突きは禁止ですし、この侭では、相手に大怪我をさせる危険性もあります」もう直ぐ、新中学生の新人選手権大会が始まるのだ。
翔太は今春中学生になる。本人は、何かを会得したらしく、自信満々で異様に張りきっている。
「私も、やられたからな~」師範代は、教士の懸念を充分に斟酌できた。先般、新人戦の出場メンバーの選抜テストで、翔太の相手をした。かろうじて受けたが、受けた竹刀の上から、横面を打たれ、面防具がズレそうになった。翔太が、自身の体重を竹刀に載せて打ち込んできたのだ。剣道では、そんなことは、教えない。小学生が、そんな技を使えるわけがない。
奉納演武の招請で、大学時代の先輩が、古流剣術をやっていたのを思い出し推薦した。先輩は気軽に応じてくれたが、懸念もあった。(子供達が、真剣で竹を斬る古流剣術を生で見たら、多感な年頃だ影響を受ける子も、、、)。師範代の懸念は、現実になった。
「竹を斬った先生の道場を教えてください」見学だけなら、と軽い気持ちで、翔太にせがまれ、先輩の道場を教えたのだ。翔太が、斬り飛ばされた竹を片付けているのを見ていたからだ。
「解った、翔太には、俺から話しをしよう。剣道には、ルールがある。君は心配するな」奉納演武で、唯一、試斬を披露したのが先輩だった。その折の光景は、忘れられない峻烈なものであった。
特殊なコーティング加工で、鮮やかな木目を浮き立たせた道場の中央に、ゆっくり進み出た先輩は、1本の青竹を、倒れないように、そーっと立てた。幅5センチ程、高さは約1メートル。青竹から二間ほどの間合いを開け。
「トォーウ!、ツェイーヤーッ!!」抜刀しながら、二間の間合いを左の寄せ足を小刻みに使って、半間に詰め。気合と共に青竹の上部10センチほどを、片手打ちに切り飛ばした。ものの数秒の演武だった。刀身に己の体重を乗せて斬るのだ。
「先輩が翔太に、、、いや、翔太の方から先輩に教わったのだろう」師範代の胸中は複雑だった。(あの子は、まだまだ伸びるのに)。一ヶ月ほどが経った。
「先生、こんにちは、今日も見学させてもらっていいですか?」ペコリとお辞儀をして、翔太が。
「おう、久しぶりやな~、翔太君か、かめへんよう」と、招じる。稽古用の竹を並べながら。
「新人戦は、どうやった」と、尋ねた。
「はい、一回戦で反則負けしました」
「うん、、、ん、それでお相手の子は怪我せーへんかったか?」
「はい、だいじょうぶです!」少し、照れたような笑顔を見せた。
「そうか、それやったらえ~」その後、翔太は剣道を退会、古武道の門を叩いた。